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茜空とほうき星

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 酒の肴にと、ビリーは彼独特のゆったりとした口調で話を始めた。
 天上の星たちは人類の、深夜のささやかな楽しみなのだという。再び酒を注いだグラスを口にしながら、ビリーはそんなことを言うのだ。
「星が?」
 グラハムは正直に、わからないという顔をして首をかしげた。星なんてあってもなくても同じというか、楽しむのならば、毎日姿を変える月を見ているほうが、まだマシな気がする。何事も包み隠さないグラハムに、ビリーはクスクスと笑っていた。
「昔の人はね、星を読んで吉兆を占ったり、星座と神話を編み出してみたり、そうやって長い夜を過ごしていたんだよ。乙女座の君だって、星占いくらいは見るだろう?」
「乙女座は関係ない」
 ビリーのからかいに、ぷいっと顔を背けた。グラハムは乙女座という言葉が持つ、響きそのものが好きなだけなのだ。
「星を見て乙女座を探したとか、そういうことはしなかったのかい?」
「ない。どれがそうなのかもまったくわからない」
「へぇ……。それはちょっと意外だったな」
 グラハムの返答に、ビリーは本心から意外そうに何度も頷いていた。普段よりセックスアピールをするかのように乙女座をアピールしていたから、星座には詳しいと思われていたのかもしれない。
「あいにく、星なんてまともに眺めたこともない」
 暗い夜はじっと縮こまって、明るくなるのをただひたすら待っていた。空に星があることも、軍に入るまでは意識もしなかった。
 どうでもよかったのだ、本当に。生きるために必要なことだとは到底思えなかったから。
「そうなんだ……。じゃあ、グラハム。今度、流れ星でも探してみなよ」
「流れ星? なんでだ?」
 何か意味のある行為なのかと、ビリーを見上げてみる。一般人と比べても、圧倒的に娯楽や情緒を理解しないグラハムに、それらのことを教えるのは大変な苦労をともなうのだが、何故だかビリーはそれを苦とはしていないようだった。
「これは日本に古くから伝わる言い伝えなんだけどね」
「……」
「流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えると、それが叶うと言われているんだよ」
「無理だろう」
 さすがのグラハムも否定していた。考えるまでもなく物理的に不可能だ。流れ星なんて、落ちたと思った瞬間に消えている。
「僕もそう思うよ。でもね、願いを言えるかもしれないときを楽しみながら、人は星を待つのさ。その待つ時間が、実はいちばん楽しいんじゃないかって、僕は思うんだよね」
「待つ時間が……」
 グラハムは思わず呟いていた。
 暗い夜が明けるまでの時間は、ずっと長くて苦しいものだった。夜を楽しむなんて、グラハムはこれまで一度も経験したことがなかったのだ。発想の転換とでもいうのか、ふと、不安だらけだったはずの闇が少しだけ明るくなったような気がした。
 眠れない夜は、これからは星を眺めてみようか。
 流れ星を待ちながら、何か願い事でも唱えてみようか。
 でも、何を願えばいいのだろうか。空がほしいと願えば叶うのだろうか。それは絶対に無理だと知っているのに。
「カタギリ。願い事とは何を言えばいいのだ?」
 グラハムの問いかけに、ビリーは驚いたような表情を浮かべていた。それはそうだろう。そんなものは誰かに聞くことではない。自分の内側にあることを言えばいいのだ。けれどグラハムは、何も思い浮かばなかったのだ。空以外には。
「なんていうのか、君はたまに……」
 ビリーは言いかけて、口を噤んだ。それから困ったように眉を下げつつも微笑みながら腕を伸ばして、ポンポンと軽く頭を叩いてきた。
「君にとって、いちばん大事なことはなんだい?」
 ソファの背もたれにだらしなく前向きに寄りかかりながら、グラハムはビリーの質問に答えた。
「空を飛ぶこと」
「うん」
 また、ポンポンと頭を叩かれた。
「じゃあ、その次に大事なことは?」
 グラハムは少し考えた。空を飛ぶことの次に大事なものとはなんだろう。はっきりとはわからないが、これがそうかなと思える答えを述べた。
「ごはんが腹いっぱい食べられること」
「そう……」
 ビリーの手が、今度は柔らかく撫でてきた。彼のゆっくりとした抑揚のない声と頭を撫でる手が、不思議なほど時間を遅くさせている気がする。今は何時くらいだったか、そう思うことすら面倒くさい。
「じゃあ、その次に大事だと思うことは?」
 また問いかけられたことに、グラハムは先ほどよりもさらに長く考えた。そうしなければ、答えが見つけられないのだ。長考した上で、とりあえずこれかなと思うことを口にした。
「寒くないこと」
「……うん、そうだね」
 撫でられる部分が暖かくて、だからそんな答えを述べたのかもしれなかった。
 優しい指先の感触に、何故だか瞼が自然と重たくなってくる。眠たくなんかなかったはずなのに、おかしいなと思いながらも、襲い掛かってくる睡魔に抗えなかった。こんなまどろみは知らない。心地よいはずなのに、眠りに引き込まれる感覚が少し怖かった。
 このまま、二度と目覚めることのないようなそんな恐怖は、やはりいつまでたっても消えることがないのだろうか。

作品名:茜空とほうき星 作家名:ハルコ