茜空とほうき星
「今度は僕を気持ちよくさせてよ」
「……わかった」
まだいくらかぼんやりとしていた意識をしっかりさせて、目の前にあるビリーの瞳に焦点を合わせた。
黒曜石の瞳と、そこに浮かぶ星とで宇宙を思い出すと、今まで恐怖の対象でしかなかった闇夜が、まったく違うもののように思えてくる。
これからは、夜のたびに彼の瞳を思い出して、ひいては今日の記憶とも結びついていくのだろう。
「…んっ」
「無理しないで、痛かったら言ってくれよ?」
耳元で囁かれる声に、グラハムは背中に回した腕に力を込めることで、返事の代わりとした。
「グラハム……」
吐息交じりの艶っぽい声は、絶対に反則だと思う。勝手に赤らんでいく顔を見られたくなくて、グラハムはさらにギュッと、ビリーの背中を抱きしめていた。
「ん、ふぅ…っ!」
狭い入り口をギリギリと押し広げながら分け入ってくる物質に息が詰まる。
「痛い?」
ビリーの心配そうな声に、グラハムは思い切り首を横に振った。そのいかにも必死な様子に、ビリーが微かに笑ったのがわかる。こちらの心意気や思いを知って、それに応えようとしない男ではない。ググッと、さらに内部へと陰茎が押し込まれてきた。
「ああっ!」
「大丈夫? 入ったよ」
「…あ…、はぁ…、……あつい、な」
グラハムの感想に、ビリーがまた軽く吹き出していた。
「君は豪気だよ…、ああ、でも、それでこそ、かな」
褒められているのかな、とグラハムはぼんやりする意識の中で思う。腹部を襲う圧迫感は半端じゃないのに、自分の中にビリーがいて彼と繋がっているのかと思うと、勝手にどんどんと心も身体ものぼりつめていくのだ。
「動く、よ」
言葉の後で、内部への刺激が想像以上のレベルで返ってきた。
「うあ、あ、あっ、あ…!」
言葉にできない快楽の波が、後から後から押し寄せては、一向に引いていかない。内部を擦られ、入り口を刺激され、もう何も考えられない。前立腺に触れられるたびに悲鳴をあげて射精をする。その都度得られるオーガズムに、グラハムは何度も殺されてはまた生き返っていた。快楽が過ぎて、眩暈すらする。
「あ…、も、う、苦しい……」
「…僕も、げん、かい……っ」
内壁に伝わる新たな刺激で、グラハムはまた達していた。今日だけでもう何度目だろうか。当然だけど覚えてなどいなかった。
「…は、あ…」
ぐったりと力の抜けた身体から、腕だけを持ち上げて、まだ覆いかぶさったままのビリーの背中をギュッと抱きしめた。明日はきっと傷だらけになっているだろう彼の背中を申し訳なく思いながら、それでもグラハムは力を緩めることができなかった。
ようやく見つけた、これは生まれて初めてグラハムがほしいと思い自分で手に入れた、大切なものだからだ。
「まだ寝ないのかい?」
「君こそ……」
情事の後のピロートークなんて、二人そろってたいしたものは持っていない。気だるい倦怠感と心地よい疲労感を併せ持ちながらも、グラハムはまだ起きていた。
夜は長いのだ。夜明けを待ち続けたグラハムは、それを感覚として知っている。目を閉じるにはまだ早すぎると思い、時間つぶしにビリーの左手を取って弄んでいた。
ムニムニと揉んだり、指を握ったり、感触を確かめてみたり。そうやって玩具のようにして遊んでいたら、クスクスと頭上で笑う声が聞こえてきた。
「なんだい? 君、僕の手が好きなの?」
「好きだ」
この手がくれるものは、グラハムにとって必要なものばかりだ。仕事でもプライベートでも、ビリーの手はもはや無くてはならないものだった。
「そんなにハッキリ言われると照れるんだけど」
言葉どおりに照れたような表情を見せながら、ビリーの右手がグラハムを引き寄せるように動く。首の後ろあたりから、その手が緩く髪を梳いてきた。
「もう眠りなよ。明日に響くよ?」
「カタギリだって」
「僕はデスクワークだけど、君はパイロットなんだから。ちゃんと休まないと、明日はフラッグに乗せてあげないからね?」
「それは困る」
半ば脅迫であったが、グラハムには効果覿面であった。すぐに目を閉じて眠れるよう願う。夜が怖くて、眠るのも怖い身の上で、果たして上手に睡眠がとれるだろうか。
しかしそれは杞憂だった。
そっと撫でてくる右手や、すぐ近くに感じる人肌のぬくもり、そして心地よい疲労感。それらが目を閉じた瞬間からグラハムの中にすっと浸透してきて、物心ついてより初めての、熟睡を味わえたのだった。