リスティア異聞録 4.2章 ライラは生きたいと願った
ライラの母が打った数々の施策が功を奏し村の暮らし向きは上昇していった。村の者達は商売が上手くなり、資材の徹底した管理から業務の無駄が省け、労働時間が減り、文化的な活動も増えてきた。村が活発になると行商の行き来も増え、旅人達が訪れる機会も増えていった。はじめのうちは村人達も戸惑いはしたものの、村が持っていた閉塞感はなくなり次第に開放的になっていく。夏に開かれるアラヴィス山の竜の祭にはユニオン各地から人が集まるようになっていた。まさに絶頂期。しかし、そのような夢に浮かされたような月日はあっと言う間に過ぎて三年の月日を押し流してしまった。夢は醒めるもの。夢が終わるから醒めるのではない。朝が来てしまうから夢は醒めるのだ。
ログレスの騎士ファウゼルが叛乱を起こす。リスティア大陸に暗雲が立ち込める。この叛乱が各地に飛び火する。このアラヴィス山の麓も、そのひとつであった。竜が住むという山。ユニオン首都とログレス首都の戦線を維持するための補給拠点とするのにはうってつけの土地、新王への手土産としてログレス辺境の諸侯達がアラヴィス山に目を付けたのである。はじめはヌルいものであった。辺境の拠点である。叛乱に応じて多少警備を強めても、所詮は警備のための戦力である。本気で戦争する気の軍勢の前にはなんの役にも立たなかった。本国からは遠い、主力の援軍が到着するまでの間に辺りは占拠されていく。
ログレスの騎士達が村へはじめて来た時には徴発であった。既に占拠し終えた一帯での徴発。何を目的としているのかは分からないが略奪される前に素直に村の蓄えを差し出した。その徴発の結果に難癖をつけて更に要求する。そして、村は要求されるままに差し出す。そんなことを繰り返すうちにやがてログレスの騎士達が村に居座りはじめた。
ここからが地獄であった。
恐らくはじめらから徴発も占拠も目的ではなかったのだ。村ごと殲滅してしまうつもりだったとしか考えられない。暇潰しに田畑を焼き、家を壊し、家畜を丸焼きにされ、村から逃げようとするものは容赦無く殺されてしまった。家庭には食べ物が無いので、その日の糧を得るために、若い娘の居る家庭は娘に、娘の居ない家庭は妻に、物乞いさせに行く始末である。二時間もすれば残飯程度の食べ物を持って女が帰ってくる。やがて村人達の心も荒れ、村人達の間でも略奪が始まった。
家という家が壊され、家畜という家畜が焼き払われ、至るところに死体が転がってウジに集られている有様である。ライラの家も例外ではなく、とうの昔に壊されいていた。ライラの一家は山の麓に有る祖父の家に隠れていた。
「どうして、こんなことになってしまったのかしら……」
と、母は呟く。とはいえ然程落胆しているようにも見えない。
「まあ、奴等が出ていったらまたやり直せば良いわ。ここまで来るのも大した手間ではなかったし。全部壊れた後からの方が、やり易いし」
多少の強がりも有るのだろうが後半については本気で思っているようだ。省ける手順と、一からの構築によって、先の成果よりもどれだけのスケールアップが見込めるかについて考えている様子だ。
「まあ、さすがに荒んだとは言え薬師の家までは襲ってこないだろう…… 今月分の食糧を届けてもらったばかりで食い物もしばらく食うに困らないだけ有るからしばらく休んでなさい。ライラ、怖かったろう? ここに居れば大丈夫だからな。しかし、役に立たない貴族共だ! なんのために普段食わせてやってると思ってるんだ!」
と、ジジイは毒吐く。
その時、父親が血相を変えて入ってきた。
「親父、村の連中が! あの家ならまで食糧が残っているはずだと、こっちに来る! 手に持てるだけ食い物を持って逃げるぞ!」
「バカ者どもがッ! とち狂いおって!」
荷物をまとめて逃げようとした時、扉を壊そうとする音が聞こえた。
「裏口から山の中へ逃げるぞ!」
ライラは両親に手を引かれて逃げる。尾根道に出たところでライラは、ジジイが逃げ遅れていることに気付いた。
「ライラ! 大丈夫だ、捕まってもジジイは殺されることはない。戻らなくて良い!」
父親はそう言って嗜めるものの、それを聞いてか、聞かずかライラは母親の手を振り解いて下ってしまう。作業小屋に戻ったライラは、空っぽの倉庫の中で頭から血を流して横たわるジジイの姿を見付けた。確実に死んでいる。
ライラは「物さえ盗れれば良かったのでしょう? 殺すこと無かったじゃない……」と、理不尽なモノを感じた。そしてジジイの死体に近付こうとしたその時、外から話し声が聞こえた。
「あの余所者の家にも結構、食糧が有ったし、しばらくは食い繋げるな」
まだ、外に誰か居る…… と裏口から再び山の中へ戻った。しかし、いくら探しても両親と合流することは出来なかった。
翌日、ライラはルーベウス、リリアと共に秘密基地に隠れていた。3年前、3人で散歩に来た時に見付けた洞穴である。この洞穴を整備して時折三人で遊んでいた。昨晩、両親と散り散りになったあと、この秘密基地へ逃げてきたのである。はじめはライラ一人、やがてルーベウス兄妹の二人がきた。山の中でならば食べられる物も水が得られる場所も知っている。ある程度の期間ならば、ここで生き延びることが出来ると考えたのである。
「これから…… どうなっちゃうんだろう……」
リリアが悲しげに呟く。ライラはそれに答えることは出来なかった。逃げる前に見た村の光景を思い出す。母さんと父さんが皆と協力して良くしてきた村が壊されている。皆と楽しく生きてきた毎日が汚されていく。一緒に笑っていた皆が壊れていく。壊れていくのか、それとも壊れていくのは上っ面だけで、今の姿が本当の姿なのか。
「ここで、いつまでもこうしている訳にはいかないけれど、だからと言って今出ていっても、どうすることも出来ない…… 今は耐えるしかないんだよ……」
と、リリアの質問の答えになっていないのは分かっていても、それしか答えることが出来なかった。ユニオンの防衛部隊の増援が村を救出するのは、それから数日後のことである。ライラが村の様子を見に行った折、ユニオンの旗を発見したのである。旗が立っているということは、もう脅威は過ぎたと考えて良い。三人は下山することにした。久し振りに帰った村は、まるで見知らぬ土地のようであった。ありとあらゆるものは廃墟と化しており、殆ど知っている者は残っていなかった。村の惨状を見て回りながら、誰か知っている者が居ないかと歩いているとルーベウスの眉間を目がけて石が投げつけられた。小石ではない。明らかな殺意を持った大きな石。
「お前がッ! お前がッ! ログレスのお前らが来たから、こんなことになったんだッ!」
眉間から血を流すルーベウス、それをかばうライラ、何もすることが出来ずに、その場で泣き出すリリア。
「ルーベウスは何も悪くないでしょ? 何を言ってるのあなたたち! やめて! もうやめて!」
ルーベウスをかばい背中に石を受けながら叫ぶライラ。そこへユニオンの騎士が騒ぎを聞きつけてやってくる。三人は保護されて、現状について色々聞くことが出来た。
作品名:リスティア異聞録 4.2章 ライラは生きたいと願った 作家名:t_ishida