うみものがたり
「わー、菊ー!珍しいねー!俺たちの勤務中に神殿に来てくれるなんて。俺すごく嬉しい!今日はどうしたの?悩み事?お願い事?懺悔?」
「おい、落ち着けフェリシアーノ。ここは神聖なる海の神殿で、俺もお前も神官の仕事中だ!小声で話せ!それから、そんなに近づいたら菊も話しづらいだろう」
水にふわふわと漂う神官独特の縁に青いラインの入った、白くて長い布を首から下げたルートヴィッヒは、さっと近づいてきて慣れた手つきで菊に抱きついていたフェリシアーノを引き剥がす。フェリシアーノもまた白い布をはためかせながらヴェーっと残念そうに菊を離すと、「それで今日はどうしたの?」と真剣な目で話を促してきた。
彼らは海の神(魔神とも呼ばれているが)の使いとして神殿に務めており、務めの大半が海の生き物たちの悩みや相談を聞くこと、そして神への願いや懺悔を手伝うことだと聞いている。そんな彼らは神官にして菊の数少ない友人でもあった。菊は悩みに悩んだ末、友に相談にきたのだった。
菊は、首から紐で下げていた指輪を手にとって二人に見せながら、『人間』の彼と出会ったこと、指輪を届けたいということを話すと、一人は眉尻を下げ一人は眉間に皺を寄せた。
眉間に皺を寄せたほうが先に口を開いた。
「人間に指輪を返しに行くなんてそんな危険なこと、俺は賛成できん。脚がそのままではすぐに人魚だとばれてしまうだろうし、たとえ人の脚に変えて陸の上がれたとしても、そいつに会えるかどうかもわからない。それに陸の上には人間が大勢生きているんだ。そんな人間どもに囲まれた状態で人魚だとばれたら、一体何をされるか…!危険すぎる!」
「ですが…どうしても彼に会って、これを渡したいんです。とても大切なもののようでしたし、これが必要になる式も近いようでしたし。それに彼はとても優しい方でした。人間がみな危険かどうかというと」
「しかし」とさらにルートヴィッヒが言葉を続けようとしていたところで、彼の肩に手が置かれた。フェリシアーノだ。彼ははルートヴィッヒに目配せして一度だけ笑むと、菊の前に来て菊の手をとり両手で包み込んだ。
「菊は、どうしても指輪を返したいの?指輪だけをその人間に返すことなら、俺たちの力できるかもしれないよ」
「本当ですか…!」
「でも、それは指輪だけ。菊は指輪を俺たちに預けてそれで終わり。それでいいの?」
指輪だけを彼の元に送る、ということは、つまり。
「それは……どういう意味ですか」
「菊は、自分でもう一度彼に会って、自分の手で彼に指輪を返したいんじゃない?菊は、本当は彼にもう一度会いたいんじゃないかな」
彼に会いたい。そう言われてみると、スッと胸の中にその言葉が入ってきた。自分は彼にもう一度会いたいのかもしれない。なぜだかわからないけれど、とてもとても。
「そう…かもしれません。ですが、私が会いに行く方法なんて――」
そう言うと目の前のフェリシアーノの顔がにこりと嬉しそうに笑って「大丈夫だよ!ここを何処だと思ってるの。魔神を祭る神殿だよ?」と言い、ルートヴィッヒのほうを振り返って「ね、ルート!」と言葉を振った。振られた彼のほうは、しょうがないというような苦笑を浮かべて、まあなと頷いた。
「しかし、どれで菊を人間にするんだ?人魚を人間に変える魔法はいくつかあるが、どれも対価が大きい」
「菊には恋の魔法がぴったりじゃないかな?」
そう言われ二人から魔法の説明を詳しく聞いた菊は、二人にその魔法をかけてもらい、契約の代わりに力を貸してくれた海の魔神へと誓いを立てた。