past 前編
ピンポーン――
チャイムが鳴り、穏やかに流れていた空気が一瞬で緊張に包まれる。
グレイシアに言われ、エドワードは玄関からは姿が見えない場所に移動した。
それを確認してグレイシアは恐る恐る玄関を開ける。
「夜分に申し訳ないですな。」
「アームストロング少佐。」
「何もお変わりは無いですかな?」
「何かあったの?」
「いえ、何も無ければ良いのです。」
「大丈夫よ、ありがとう。」
「ならば、失礼しま―――
「エドお兄ちゃん、何してるの?」
「・・・・っ・!!!!」
「「っ!!?」」
アームストロングが帰ろうとした瞬間、エリシアがエドワードを呼んでしまった。
隠れて玄関の方を覗っていたエドワードは背後に近寄るエリシアに全く気付かなかった。
エリシアは無邪気にエドワードに声をかけてくる。
エドワードは急いでエリシアを抱き寄せ口を塞いだが、その声はしっかりとアームストロングに届いてしまっていた。
「屋敷にネズミが一匹居るようですな。」
「アームストロング少佐、お願い・・・見逃してあげてちょうだい。」
「それは出来ないのです。・・・だが、うむ。」
そう言うとアームストロングは後ろを振り返り、
何やら一緒に来たと思われる部下に一言二言話してもう一度こちらを向く。
部下は車に乗り込み、司令部の方へ走り去っていった。
「アームストロング少佐っ!!」
「心配はいりませんぞ。」
「違うのよっ!!!!」
「部下達はたまった仕事をしに戻っただけ、我輩少々話し合いたい気分なのです。」
「・・・・ぇ?」
アームストロングは「失礼。」と無理矢理グレイシアを押しやって家の中に入ってきた。
そして後ろ手で鍵をカチャリと閉める。
「エドワード・エルリック出てくるんだ。」
「・・・・・・しょ・・う・・さ。」
恐る恐る隠れて居た場所から出てくる。
その姿を確認したアームストロングは少し目を見開き俯く。
だが、拳を硬く握りもう一度真っ直ぐにエドワードを見つめる。
アームストロングは元々この事件を不審に思っていた。
確かな証拠などは無い。目撃証言も曖昧。
だが、何故か名前があがるのは『エドワード・エルリック』、『アルフォンス・エルリック』、この二人のみだった。
他に怪しい人物が居ないことから犯人はエルリック兄弟と断定された。
その流れすら、どうも妙だ。何か得体の知れない何かの言いなりになっているような・・・。
可能ならばエルリック兄弟と一度話がしたい、と思っていた。
そして、実際にエドワード・エルリックを目の前にしたアームストロングは改めて思う。
犯人ではない―――と。
不安や怯える目の中に確かにうかがえる決意。
伊達に軍人を続けてきたわけじゃない。
培った勘は確かに彼は犯人ではないと言っていた。
「話を聞かせてはくれないか。」
「・・・・・少佐、」
「我輩は真実を知りたいのだ。」
「エドワード君、私には分からなかったけど、
アームストロング少佐なら分かるかもしれないわ。信用出来る人よ。」
「・・分かってる。少佐のことなら俺も良く知ってるから。」
「・・・・。」
それからエドワードはグレイシアに説明したようにアームストロングにも説明した。
グレイシアには分からなかった部分もアームストロングは理解した。
だが、人体練成、リバウンド、人造人間、賢者の石、真理、歴史の歪み、
いくら国家錬金術師の資格を持つアームストロングでも信じられなかった。
それでも己の勘が訴え続ける。
それが真実だと。
そして何よりの証拠がエリシアの存在だった。
彼女はエドワードと再会する前から会ったことがないはずのエドワードとの話をよくしていた。
アームストロングもそれが気がかりだった。だが、これで納得がいく。
何故彼女だけが覚えているのかは分からないが、
それこそが歪みの証拠と言ってもいいのではないか。
「我輩も協力しよう。」
「・・・・・え・・」
「何故だか懐かしい。その気持ちを我輩は信じる。」
「・・・少佐・・」
「エドワード・エルリック、おぬしのことは我輩が守ろう。」
「・・・ありがとうっ・・少佐・・」
「なに、礼には及ばん。」
「良かったわね。」
「・・・はいっ・・」
諦めかけていた。
諦めないつもりでいても、どこにも見当たらない光に心が折れそうだった。
だが、やっと光を見つけた。
もう絶対に諦めない。
俺がこの歪みを戻してみせる。
覚えててくれる人が居た。
信じてくれる人が居た。
大丈夫―――
その決意をあざ笑うかのようにまたもチャイムが鳴った。