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Final Fantasy 6 ~すべてが始まる前~

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 ところが今や、崖ですら崩すことが出来るのであろう腕も、獣よりも早く走れる足も、母に授けられた己の肉体ですら無意味なものと彼は感じていた。
 いくら鍛えても、亡くなってしまった人の命を吹き返すことは出来ない。
 その場に亡骸こそは無かったが、マッシュはバルガスが師匠であるダンカンを襲ったのであろうということに何の疑惑も抱かなかった。
 バルガスが常日頃から自分のことを敵対視しているのも、伝説の奥義はバルガス自身が教えてもらえるものと彼が信じきっていたのも知っていたからだ。
 「バルガス……許せない……」
 頭を横に振り、マッシュは呟いた。
 どこへもぶつけられない悲しみを、燃え滾る憎しみが上回ってしまったのだ。
 それを反動にして、バルガスを探すべく彼は立ち上がった。



 帝国都市ベクタのとある酒場。
 ここは朝でも昼でも夜でも、帝国がらみの人間で溢れかえっている。
 他に娯楽施設が何も無いからかもしれないが、兵士だけでなく当然将軍様と呼ばれる類の者たちだってやってくる。
 がやがやと人でごった返している部屋の隅に、レオとセリスはいた。
 グラスに、なみなみとウイスキーを注いでもらい『乾杯』と声を合わせる。

「今回もお手柄だったようだな、常勝将軍セリスさんよ」
 レオがおどけた調子で言うと
「茶化さないで」とセリスがにらみつけた。
 ぉお怖とでも言うように、レオは肩をすくめ運ばれてきた酒のつまみに手をつける。
 深くため息をつき、わたしも、とセリスが食べ物に手を伸ばしたとたん酒場が一瞬にして静まり返った。
 恐れをこめて、「ケフカだ」とささやく声があちこちであがる。
 一般兵には目もくれず、ケフカは二人の元へと歩み寄った。
 相変わらず、たとえ一キロ離れていようともそれと分かるほど派手な衣装を身にまとっている。
「ガストラ皇帝からの命令ですよ。今すぐ会議を始めるんだってねぇ」
 ケフカが瞬きをすると、まぶたに乗せられた真紅のアイシャドウがきらめいた。
 男のクセに化粧をするなんて、とセリスがけなしてもケフカは一向に取り合わない。
 三人が立ちあがると、兵士たちは左右にちらばり自然と道が作られる。
 敬われている証拠であろう。


 場違いなほど、高価そうな絨毯で敷き詰められた部屋に彼等は通された。
 三人にとってはもう見慣れた光景である。
 机の上には、他の町や村では到底見ることも出来ないような豪華な料理が並べられていた。
 朝食を取り損ねたレオとセリスの腹の虫が音を出す。
 それを聞いてガストラはからからと笑い声を上げ、
「では食事を取りながら会議を始めるとするかの」
 と言った。
 部屋の中は、瞬く間に思わずよだれが垂れそうなほどおいしそうな香りで満たされる。

「えー知っておるものもおるだろうが、再来週辺りにドマを攻め込むことにした」
 口は動かしつつも、三人はガストラの言葉にじっと耳を傾けている。
 ドマとは東の方に位置し、剣術に長けていることで有名な国である。
 フィガロのように同盟を結んでいるわけでもなく、長い間帝国と繋がることを避けてきたことは当然ガストラにとって喜ばしいことではない。
 それを今度は武力行使で攻め入り、無理やり従わせようというわけだ。

 これにはさすがにレオも頭をかかえた。
 彼には無理やりという観念が理解しがたいのである。
 それでも皇帝を裏切るわけにはいかないという思いが、さらに彼を悩ませた。
 ただ一人目を輝かせているケフカをのぞいて、後の二人が黙りこくっているのをガストラは肯定の意と捉えたようだった。
 白髪混じりのヒゲを手で伸ばしながら、尚も言葉を続ける。
「さて……この中の誰に率いてもらうかと言うことじゃが……そうじゃな。今回の戦績もいいしセリスに任命する」
 頭をあげ、セリスは小さく「はっ」と答えた。
「そしてサポートにはケフカ、お前じゃ。こうゆうあくどい事は好きであろう?」
 意味ありげに口の端を軽くあげるガストラに、セリスは攻め方について質問した。
 むろん、彼女の頭の中にはなるべく捕虜をたくさん出そうという考えがある。
 攻め方によってはそれも可能というわけだ。
 抵抗もしない市民に手をあげるというのは、いささか気がひけるものである。
 セリスの問いに対し、ガストラはゆっくりと三人を見渡し、懐から紫色の液体が入ったビンを取り出した。
 誰のものともわからない、息をのむ音が部屋の中に漏れる。
「ついに出来たようですねぇ~ヒッヒッヒ」
「な?! 知っていたのか?!」
 ケフカの卑しい笑い声に対し、レオが椅子から立ち上がった。
「あれぇ? やっぱりレオのような臆病者には不向きじゃないですねぇ~?」
「臆病者だと?」
「レオ、やめろ」
 いきり立つレオを、ガストラがたしなめた。
 割り切らない様子で、渋々とレオは椅子に座る。
 すると部屋の中にドアをノックする音が響き、タイミングでも見計らっていたのか一人の兵士が、見るからに犯罪者と分かる男を連れて入ってきた。
 おそらく何日も風呂に入っていないのであろう、吐きそうになるほどの悪臭が漂う。
 セリスは思わず顔をしかめた。
 今まで机の端の方に置かれていたチキンが、兵士の手によって男の前に運ばれる。
「食え」
 ガストラにそう言われると、その男は飢えた獣のようにチキンにかぶりついた。
 肉汁が飛び散り、必死の形相で食べ物を口に運ぶ姿はなんとも醜いものであった。
 それを傍観する三人、いや二人の心に、不安という名の波紋が広がっていく。
 ガストラは何の考えもなしに、それこそ何の利益もなしに、施しをするような男ではない。
 突然、手に持っていたチキンを落としたかと思うと、男の手がぷるぷると痙攣しだしたのが10個の眼球に映った。
 唇はあっという間に青紫色に変色し、震える手は苦しそうに喉元を押さえている。
 血走った眼球をぎょろつかせ、何かを欲していることは明らかだった。
 セリスはとっさに水の注がれたコップを持ったが、男に渡そうとする前にガストラの手によって奪い取られてしまった。
 それから数秒も経たないうちに、男はカッと目を開きながらその場に崩れ去った。
 あらゆる部位の血管が浮き出て、もはや人間の容貌ではない。
 事前に言われていたのだろう、兵士は表情一つ変えず、手際よく男の顔に布をかぶせ肩に担ぐようにして部屋から退出した。
 扉が閉まるのを確認すると、待ってましたとばかりにガストラが口を開く。
 その顔には、人一人殺したというのに罪悪感を感じている様子はまるで無く、むしろ心の底から喜びを感じているようであった。
「どうじゃ? これをドマの食用水に流し込もうと思うんじゃが、いい考えであろう?」
「なっ……」
 セリスは驚愕した。
「わたし、出来ません!」
 彼女の言葉に、レオが目を見張る。
「出来ないのではない。やるのじゃ」
 いやいやとでも言うように眉を八の字にし、セリスはガストラを見たが、彼の眼差しには厳しく強固たる意志が感じられた。
 ドマ攻防まで後四日であることを告げ、ガストラは席を立つ。
 その後に、金魚の糞であるかのようにケフカが追いかける。