幸せになろうよ
風丸が当てたリゾートホテルは、遊園地と水族館に併設されたホテルだった。一ヶ月後、ふたりは一泊分の荷物を片手に電車を乗り継いでホテルに到着した。
ホテルのエントランスは広く、高い天井には天使と女神が海で戯れる様子が描かれており、フロアには柔らかく厚みのある赤いカーペットが敷きつめられていた。あまりに豪奢な装飾に圧倒されている綱海に風丸は荷物を預けた。
「チェックイン済ませてくるから、ここで待ってろ」
「お、おう」
とにかく広いロビーにぽつんと取り残された綱海は、居心地悪そうにロビーの隅に立って風丸の帰りをただおとなしく待った。しばらくして風丸が戻ってくる。
「部屋、三十五階だって。行くぞ」
「あれ? こういうとこって荷物持ってくれる人がいんじゃね?」
「いるけど、そんな大荷物じゃないから断った」
そう言うなり、風丸はエレベーターへ向かってすたすたと歩きだした。綱海も慌ててその後を追った。
アンティーク調の重い木の扉を開けば、そこは別世界だった。自宅の2DKの間取りがすっぽり入ってもまだ余りそうなほどに広いリビングには座れば沈みこみそうなソファが置かれ、顔が映りそうなほどに磨かれたガラステーブルには季節の花が飾られている。開かれたカーテンからは柔らかな午後の日差しが差しこみ、三十五階の眺望からホテルの前にある海が広がっていた。
「すっげー!」
綱海は荷物を放り投げて部屋に飛びこんだ。海の眺めを堪能して、キングベッドをトランポリン代わりに遊び、大理石の洗面台と足が伸ばせる浴槽に感動していた。
風丸はそんな綱海をよそに、淡々と荷物をクローゼットに片づけていく。
「よし、遊びに行くか!」
「どっちに?」
このホテルに併設されたレジャーランドには、遊園地と水族館があった。
「決まってるだろ!」
綱海は「ビシィ!」と、人差し指を風丸に突きつけた。
三十分後、ふたりは水族館の前にいた。
「いやー、やっぱりデートスポットって言えば水族館だろ!」
「お前が高いの苦手で、遊園地で遊べないだけだろ」
「……いや、まぁそれもあるけどよ……お前、憶えてるか?」
「なにを?」
「この水族館が、オレたちが初めて来たデートの場所ってこと」
「……憶えてるよ」
風丸の返事に、綱海はとても満足したように笑った。
「じゃ、行こうぜ」
綱海は風丸の手を取って歩きだした。風丸は慌ててその手を振りはらう。
「……人前で手つなぐなって言ってるだろ」
うつむきつつも静かな風丸の主張に、綱海は額をたたいた。
「あー、悪ぃ悪ぃ。ついはしゃぎすぎたぜ」
「恥ずかしいだろ」
風丸はそう言い捨てて、綱海を置いて先に水族館へ向かった。
綱海はその背中を見つつ、上着のポケットのなかのちいさな箱を触った。そして両手で自分の両頬を一回思い切りたたくと、風丸の後を追った。