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フレンドボーイ42
フレンドボーイ42
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Distance × Friends

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 当然あいつの実家から俺の方にはいろいろな文句が飛び込んだ。そう言われましても、俺たちは結婚していませんから、婚約も交わしていませんし、婚約不履行にもなりません、俺はあいつにただ幸せになってほしいだけなんです、どうしてもそうするしかないんですってば、他に方法はないんですよ、なぜかというと、もうなにも俺には残っていないからです。これだけ言ってもどなるので、電話をガチャン、と切った。プッシュホンなのに、のび太のうちの黒電話のように大きな音がして、俺はダマスコへの途上において、「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と、復活したイエス・キリストに呼びかけられ、その後、目が見えなくなった。そういった感じで、目といってもこの目は見えているのだが、脳はうまく視覚神経系統からの情報を処理できない。視界がけぶってこの目にはグレーしか映らない。目の前にあるのは冷蔵庫なのかテレビなのか。もしかしたら教会でも行けば俺は助かるのかもしれないが、それは嫌だった。外国人の宗教に頼らずとも日本人なら何とかやっていけるはずだ、そう誰かが言っていたからだ。無理だった。むしろ内村鑑三のほうが正しいことを言っているのかもしれない。
 あいつが去った後、ようやく立ち直って冷蔵庫を見ると、桃の味の焼酎がそこにあるのだった。暗転した世界の中で、それは何とか認識できた。飲み干す。不味い。そもそも桃味のものは好きでなく、ただあいつが好きだっていうから俺は買ってきてやっていたのだ。あいつのぬくもりは塔に冬の寒さに消えてしまっていた。あいつがいたと知らせてくれたのは写真立てである。俺はその写真をいらない雑誌に挟んで雑誌ゴミに出した。雑誌はこの後リサイクルに回されるだろう。写真もだろうか。その日から俺は雑誌を読めなくなった。次にビデオテープを処分する。あいつの好きなタレントは毎日のようにテレビに出ている。テレビを中古屋に売り払う。パソコンにあるあいつの写真を消して、ハードディスクを抜いて、ハンマーを振り下ろす。パソコンも使えなくなった。回線も解約する。新聞のスクラップも捨てる。俺の部屋には電話しかない。何の情報も入ってこない。俺の時間は止まったのだ。俺はもう嫌になって自暴自棄になったままだ。ブルーハーツは泣いてばかりいたって何にも見えなくなっちゃうよ、出鱈目ばかりだって、耳をふさいでいたら何にも聞こえなくなっちゃうよ、と言っていた。ハンマーを振り下ろしてそれを思い出す。太宰治はトカトントンという小説を書いていたっけ。
 外に落ちていた花びらを拾って、少し考えて捨てた。桶からこぼした水は桶に帰らざるというが、花弁は再び咲き誇ることはない。刹那に散りゆくさだめと、森山直太朗に歌われたように、ただ咲いては散り、咲いては散り、俺は、中学時代に学んだ平家物語を思い出して冒頭を復唱する。苦しいなんて言葉、もうどこかに捨てたはずだ。つまらない、なんて感情もどこかに捨てたはずだ。捨てた感情は戻ってくるはずがないが。どうしてこんなに泣いているんだろう。間違ったことなんて、していない、って。

 激しく吹きすさぶ風はこの心を満たしてくれない。むしろ心の中に何もないということをただ示してくれるものである。夜になり、星はたくさんちらついている。ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌で釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞えました。それを聞いたとたんに、眼から鱗が落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私は憑きものから離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持で、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私には如何なる感慨も、何も一つも有りませんでした。太宰はふざけた文章を残してくれる。こんな、俺の感情をそのまんま表した文章をすでに昔に書いているんだ。結局みんなおんなじことを言う。語る。思う。感じる。考える。誰とも違わないんだ。トカトントン、トカトントン、太宰と俺の心に響く。されど太宰は意地っ張りだ。拝復。気取った苦悩ですね。僕は、あまり同情してはいないんですよ。十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈です。不尽。なんてことを自分に言うものだ。止まらないくせに。止まってないくせに。止まっているなら世界の中で発狂していくボロボロの、他人の前では面白おかしくおどけてみせるばかりで、本当の自分を誰にもさらけ出す事の出来ない男の人生なんて書くか。
 もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。もどってこない。もどってこない。もどってくるはずがない。でもまちつづける。…
 ふざけている。何でこのまま待っているんだ。たった一度のサヨナラでこんなことを考えなくてはならないんだろうか。自分に今問いかける。はあ?と返事が返ってくる。自分でもわかるはずがない。でも、何でわからないのだ、と自分を軽蔑してみる。戻ってくると信じているわけではない。残酷なほどに懺悔と後悔を旅するばかり。サヨナラ。サヨナラ。さよならさよならさよなら。言葉がそこばかりエコーする。俺の心には何らかの山があるんだろうか。その山は、きっと塵のような負(不)の感情の集合体なんだろう。模試掃除していればなくなっていただろうに、たまってもはや手をつけられなくなってしまった。でも分かっている。Желать(ジラ―チ)。
 雨を避けたロッカールームで君は少し…爆風スランプの歌の冒頭である。皆はさびばかり知っていて、さびしか歌わない。「走る〜走る〜俺〜た〜ち」どこに走っているんだろうか、そんなことを考えたことはないのか?どこへ向かって走って走り続けているのか。結局、負(不)だ。それもわからぬ蛙共は井に帰るがよい。このデジタルの大会でただつぶされて上のやつに利用されて、搾取されて搾取されて、この不完全社会を何とか動かすための歯車と潤滑油に変えられ、雑巾のようにボロボロと化して、老人ホームのようで非なる小規模施設に半ば強制的に収容される。ナチス=ドイツのアドルフ=ヒトラーよりもたちが悪い。誰も心配してはくれないのだ。皆自分の目の前のことに夢中だ。その船は自らを宙船と忘れているんだよ、中島さん。
作品名:Distance × Friends 作家名:フレンドボーイ42