クリスマス連続短編集
④露氷「家までの道のり」
ひゅうひゅうと寒い風が吹いている。
「迎えに来なくていいって言ったのに」
「えー、そんなさみしいこと言わないでよ」
僕にとって彼はまだ謎の多い存在だ。
――彼にとっても僕はまだ謎の多い存在なのだろうか?
「今日はパフィンくんは連れてきてないの? かわいい子なのに」
「……かわいくない。パフィンよりプロイセンの傍にいる小鳥の方がかわいいから」
「あ、じゃあ、プロイセンくんの所からもらってこようか? うふふ、大丈夫だよ、絶対に譲ってくれるから」
「……別に欲しいってわけじゃないんだけど」
あぁ、首を振られてしまった。
昔から誰かと接する時は、そこに力が存在した。例外となってくれた僕の姉妹を除いて。
つまり、自分から暴力を使わないで他人と接するのはこれが初めて。だから、間合いが分からない。
「ロシア、早く行こう。ここすごく寒いから」
「え、そんなに寒い? アイスくんの家だって……あ、そっか」
国土の周りを暖流が流れる火山国家と、海からの暖かい風の熱も全て奪われた内陸部では、少しの緯度の差なんかじゃ気温の差は計れないということだろう。今度行ってみたいなぁ。
「よし、じゃあ」
目の前の彼の小さな手を取り、自分の大きな手でくるむ。昔、姉さんによくこうやって暖めてもらっていた。
あったかいでしょう、ロシアちゃん。
「どう? あったかい?」
「あ、あったかい」
ほんのりと赤く染まった頬(寒さのせいだけじゃないはずだ)を見た僕は、何だか嬉しくなってにこにこと笑った。
「な、何がおかしいの……!」
「別に何でもないよ」
アイスくんをからかいながら、タクシーを捕まえ、
「どうぞ」
寒がっているアイスくんを先にタクシーへ乗せた。
アイスくんはタクシーが走り出してから不満げな目で僕をじっと見て、一言つぶやいた。
「……やっぱりずるい」
「え?」
「何で、こういうところはすっごく優しいの」
「君だから、だよ」
優しくしたいんだ。
初めて僕が恋した、君だから。
「ふ、ふざけないでよ……!」
今度こそ恥ずかしさで赤くなった顔をそらすアイスくん。
かわいいなぁ、と僕は上機嫌で車に揺られた。
「……そう言えば、フィンが『ロシアさんがポーランドさんのことを呪って猫にしようとしたらしいんですよ』って言ってたんだけど、どういうこと?」
「あぁ、それ? 別に呪いをかけたわけじゃないよ。それに僕がやったわけでもないし。ただのフランスくんの悪ふざけ」
「……フランスの?」
「うん。君たちのクリスマスの日にね、僕フランスくんの家に呼ばれたんだ。そしたら――」
『ロシア! あー良かった、助かったよお兄さん』
『いきなり呼びつけて、どうしたの? クリスマスだからって今年も暴れようとするんだったら、僕容赦はしないよ?』
『待って待って! ロシアの中でそれはもう確定事項なの!? お兄さんに水道管向けないで!』
『うーん……。そういう用件じゃないとしたら、何なの?』
『いや、あのね。お兄さん、すごく言いづらいんだけどね。うん』
とごにょごにょと口の中でつぶやき、
『なぁロシア、イギリスの魔法を解く方法知らないか!?』
いきなり放たれた言葉だったが、あぁそういうことかと納得できた。
『……イギリスくんに変な呪いでもかけられたの? 今日一日暴れられないように?』
『えーっと、そういうわけじゃあないんだよな』
うぅぅう……と盛大に唸ってから。
『おっ、お兄さんがかけちゃったの!』
『えっ?』
その言葉は想像の斜め上だよ?
『だ、だから! お兄さんがかけちゃったの! イギリスに!』
『えっ、えぇぇぇーっ!?』
驚きのあまり思わずお腹の底から声を出してしまった。
『ちょっと待って、それってイギリスくんの魔法をフランスくんが使ってイギリスくんにかけちゃったってこと? 何の魔法?』
『…………二十四時間だけアクセサリーがくっついて離れなくなる魔法……』
『あー……えーと。何のアクセサリー?』
ちょっぴり予想はできているんだけど。
『……ネコミミ』
フランスくん自身の頭にも、ネコミミがついている。
だろうと思ったよ! 本当にフランスくんらしい!
『で、僕を呼んで魔法を解かせようとしてるってことは失敗したんだよね。どう失敗したの?』
『いやその、イギリスを実験台にして、うまくいったら世界を巻き込むネコミミワールドを展開しようかと思っ痛い痛い痛いごめんなさい謝るから水道管をお兄さんのこめかみからどけて! 脳みそ出ちゃう!』
僕はひときわ強く水道管を押しつけてから引っ込めた。
『そう考えてたんだけどね、この魔法って魔法をかける相手の髪の毛が必要なんだって。それで、イギリスの髪を使ったつもりだったんだけど……』
『けど?』
『……ポーランドのだったみたいなんだ』
どこでそれを取り違えたのかな!
水道管で思いっきり殴りたくなる気持ちを抑えて、僕はため息を吐き出した。
『それでね、お兄さんの情報網で探ったら、ポーランドがリトアニアのこと拒絶しちゃってるみたいなんだよな。嫌われるのを怖がって』
あぁもうため息が止まらない。
『この状況を作っちゃったのは愛のお兄さんとして失格だと思うんだよ! だからロシア! 何とかして解いてやって……』
『その前に人として失格だと思うな。それに……無理だよ。僕にはイギリスくんの魔法は理解できないもの』
ざっくりと切り捨てて、そっぽを向く。無理なものは無理なのだ。
と、フランスくんの絶望感漂う空気を切り裂くように電話の音が鳴った。僕のケータイからだ。発信先はハンガリー。
『もしもし』
『もしもし、ロシア? 時間もないし単刀直入に訊くけど、あなたポーちゃんに呪いかけたりしてないわよね?』
これはタイミングがいいのか悪いのか。
『あー……。僕、今その犯人の目の前にいるんだけど……』
一瞬で内容を把握、というか危機を察知したフランスくんが視界の隅でぶんぶんと首を振っている。
『はっ? 誰よそれ』
『うーんと、フランスくん』
『……。分かったわ、まずそこの馬鹿と電話替わってちょうだい』
『うん、少し待ってね』
笑顔でケータイを差し出すと、もう全てを諦めたかのような顔でフランスくんはそれを握った。
『この馬鹿ぁーっ! 後で五、六発殴りに行くからちゃんと待ってなさい! 逃げたらタダじゃ置かないわよっ!』
声が大きくて、ケータイの傍にいない僕でもはっきりと聞き取れた。
ガタガタと面白いくらい震えているフランスくんから返されたケータイを再び耳に当てる。
『すごい怒鳴り声だったね』
『えぇ、思わず本気でね。ごめんなさい、証拠もなかったのにいきなり疑ってしまって』
『別にいいよ。それとね、ポーランドのネコミミは明日の朝には取れちゃうから、安心して平気だよ』
使う髪を間違えた以外は成功しているはずだ。勘だけどね。
『そう、良かったわ。教えてくれてありがとう。……あ、でも、ポーちゃんもリトアニアも結構意地はると長いのよね。早く仲直りさせる方法ないかしら?』
『うーん……。荒療治でもいいなら、一つ思いつくけど』
作品名:クリスマス連続短編集 作家名:風歌