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Ecarlate

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 ファルマンは細い目をさらに細めて、天井を見る。そしてぽつりと言ったのだ。
「エカルラートは、実は少年ではないか、という噂が当時あって…」
「え?子供だったってこと?」
 エドワードは目を瞠って尋ね返した。
 ロイがエカルラートなのではないか、と疑っていたエドワードだったが、実際には今のロイの姿で想像していたわけで、少年の姿で考えていたわけではなかった。だがもしも本当にロイだったとしたら、今の自分と同じくらいの年齢であろう。
 それが、怪人?
 …そうやって考えると、やはり本当にロイではないのかもしれない、という思いがエドワードの中で強くなる。どう考えても、少年のロイが怪人としていくつもの事件を起こしたというのは想像がつかなかったからだ。
「さぁ…実際に逮捕されたわけではないし、目撃証言も少なかった。被害者というのか…事件の当事者となった人達も、彼については大体が口をつぐんでいたからね」
「へぇ…」
「だから一人歩きした部分も多いとは思う。エカルラートは毎回事件の度に新しい…何かで人目を引いて誘拐を成功させていたんだが、…間違いではないが、ひとつだけ共通していることがあるんだ」
「え? …カード以外に?」
 エドワードは目を瞠って顔を上げた。そして、小首を傾げる。
「エカルラートは、事件の前後に何かメッセージを残す。それはカードだったり、壁への伝言だったりした。…確かにメッセージを残していたのも共通点だ。だが、それだけじゃないんだ。…エカルラートは、ターゲットのいる場所へ侵入する直前、必ずどこから照明という照明を銃撃して暗くしていた」
「…? でも、それは当たり前なんじゃ…」
「確かに暗くするのはセオリーなんだろうが…、その銃撃は、いつも、考えられないような遠距離からの狙撃だったのです」
「狙撃?」
「そう。そして、これはエカルラートが消えてしばらく後の新聞に一度だけ載った事だが、銃弾はいつも同じものだったらしい」
 同じ、とエドワードはぽかんとした顔をして繰り返した。それに生真面目に頷いて、ファルマンは続ける。
「一般にも一応、許可は必要だが銃自体は出回っている。だが、本格的な、口径の大きなものやそんな遠距離の狙撃に耐えうるような銃火器は、基本的に軍人でなければ触ることが出来ないはずなんだ」
「…じゃあ、怪人は軍人だった?」
「さぁ…結局捕まらなかったので」
 エドワードは顎をつまんで考え込んだ。
 軍人でなければ触ることが不可能だった高性能な銃火器を使っていたエカルラート。
 …謎がひとつ増えてしまった。
「…しかし、エドワード君とアルフォンス君はなぜ彼のことを?」
 黙りこんでしまったエドワードに、ファルマンは、思い出したように書架から一冊の簡易製本された資料を取り出し手渡しつつ尋ねてきた。
「え、ああ…」
「あの、その人の最後の事件で攫われそうになったの、実はボクらの母さんだったんです」
 歯切れ悪いエドワードに代わって、脇からアルフォンスが答える。不自然なところはどこにもない態度だった。
「え?!」
 ファルマンは、この答えに目を瞠る。
 アルフォンスは兄の代わりに資料を受け取りながら、ええ、と続ける。
「といってもボクらは最近までそこまで知らなくて。たまたま昔の記事を見たら、ああ、母さんが言ってたのってこれだったんだ、って。そうしたらついつい、調べたくなってしまって」
 アルフォンスはひとつも嘘は言っていなかった。ただ、情報のすべてではなかったけれども。
「…そうだったのですか…。いや、私はてっきり」
「? てっきり?」
 ええ、とファルマンは頷き、不思議そうな顔をしてこう言った。
「今、中央で裁判が行われていて…どうもその被告が、冤罪なのではないかと騒がれているとか…」
「冤罪?」
 どんな事件だ、と首をかしげると、そこでファルマンは明らかにしまった、という顔をした。
「いや、その。…多分今日の新聞にも載っているかと、…いや、そうではなくて、その、…とにかく!冤罪らしいと騒がれているんだが、どうもこのまま刑が執行されそうで、それで、またエカルラートが現れてくれないか、という声が高まっているから…」
「准尉?なぁ、だから、冤罪って何なんだよ」
「いや〜…ええと、…すまない!私は急用が!あ、その資料はエカルラートについての証言をまとめたもので結構面白いのでお勧めですよ、ではこれで!エドワード君もアルフォンス君も、イーストに来たらまた司令部に寄っていってくださいね大佐が喜びますから!」
 動揺しているのか妙によそよそしい口調になって、ファルマンは転びそうな勢いで資料室を出て行ってしまった。
 取り残された兄弟は、ぽかんとしてお互いの顔を見合わせる。
「…あ、口止めするの忘れた」
 そしてそのことに思い至ったのは、ファルマンが出て行ってしまってしばらく経ってからだった。
作品名:Ecarlate 作家名:スサ