【腐向け】とある兄弟の長期休暇(前編)
以前、スペインがぽつりと漏らしたことを思い出す。
『ロマは泣き顔も可愛えんや』
羞恥で泣きながら走り去った兄を見送った後、あんまり苛めないでくれと苦言したら彼はそう言った。ちょっとうっとりした瞳だったのが怖い。
ロマーノの全てが可愛いと公言するスペインは、だからこそ全ての表情を見たいと無茶をする。怒ったり泣いたり笑ったり、確かに親分と一緒に居る時の兄は表情豊かだ。
とはいえ、大切な兄には笑って居て欲しいと思う自分には相容れない感情。こちらに泣きついてくれるのは嬉しいけれど、泣いて欲しくないジレンマだ。
「もう下ろせよ、それじゃなきゃ運転変われコノヤロー!」
「気にせんでええよ、俺がちゃーんとエスコートしたるわ」
「そんな理由じゃねーよ!」
半泣きの声が車内に響く。さっき買ったまま用済みだったソーダが活躍しそうで、ヴェネチアーノは小さく溜息をついた。
「う……うう……。もうやだ……」
「兄ちゃん、これまだ冷たいから飲みなよ」
ようやく到着した先で、汗をかいた缶ジュースを渡す。青い顔の兄を介抱しつつ、同じように表情を曇らせた二人に視線を向けた。ふらふらとした足取りのイギリスと、足取りは確かだが顔色のすこぶる悪いドイツは言葉数少なく礼を言い、そっとこの場を離れていく。
「また来たってなー!」
大きく手を振っているスペインに背を向け、動かない兄から空になった缶を受け取った。この様子だと、少し休憩した方が良さそうだ。
バカンス初日から兄の機嫌を悪くしたくはない。ヴェネチアーノは精一杯の明るい声で、暢気なスペインに声を掛けた。
「どこかで休もうか。お腹も空いたし、ご飯食べに行こうよ!」
ゴミ箱に缶を投げ入れ、うずくまった兄を指差す。兄に関する事にだけ妙に察しのいい彼は苦笑し頷くと、子分の傍に膝をつきつつどこがいいか店を選び始めた。
「こんにちは、イタリア君」
「ヴェッ!?」
急に背後から声を掛けられ、肩がみっともない程に跳ねる。バクバクする心臓を押さえながら振り向くと、そこには見知った顔と珍しい顔が居た。
「スペイン君に……ロマーノ君は大丈夫? ご飯なら、僕も一緒に行っていいかなぁ?」
「おいおい、ご飯といったら美食家のお兄さんを忘れちゃ困るな」
観光に来たものの、店を迷っているというロシアは心配そうにロマーノを覗き込む。彼の持つ独特な圧力に押され、兄は傍に居るスペイン側にじりじりと寄って行った。
「だ、大丈夫ですこのやろー。スペイン助けろちくしょうめ!」
「酔い治るように、ふそそそそそ~」
「今おまじないはいらねぇんだよ!」
両手を広げおまじないをするスペインの胸を、恐怖で涙目になったロマーノがぽこぽこと叩く。そんな姿をかわええと叫びハグした辺りで、フランスがぼそりと呟いた。
「お前等、お兄さん無視かよ……」
「フランス兄ちゃん、今日は災難だったね」
「俺の出番終わったみたいに言わないでくれる!?」
やだこいつら酷いと芝居掛かった口調でロシアに泣きつくフランスの声にようやく気付いたのか、スペインは顔を上げると一軒の店を指差した。
「せや、あそこの店行こか。いつもロマと行ってる、チーズがお勧めの店なんやで~」
にこにこと笑顔で指す店は、大通り近くにありながら落ち着いた雰囲気を醸しだしている。あそこならゆっくり出来そうだとヴェネチアーノは安堵し兄を窺うと、彼はスペインの腕の中で眉間に皺を寄せていた。
(怒ってる……の、かな?)
頬がトマトになっていないので、ハグの照れ隠しではなささそうだ。不機嫌そうなロマーノは、唇を尖らせると逆側の店を指差した。
「あっちがいい」
「へ?」
お前こっちの店の方が好きやんというスペインの声に、兄は煩いと怒る。その姿にピンとくるものを感じ、ヴェネチアーノはフランスを振り返った。
お互い苦笑し合い、まとめ役をフランスが買って出る。彼の説明に、スペインはあっさり頷いた。
「ああ、あっちはテラス席もあるし、風が入れば具合が悪いロマーノにはいいかもな」
「……せやね。ロマ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねーよコノヤロー」
スペインの腕を借り、ふらふらとロマーノは立ち上がる。ゆっくりと先導する二人の背中を見つめ、ヴェネチアーノはフランスと肩を竦めあった。
「可愛い所あるじゃない、ロマーノ」
「二人だけのお店なんだね~」
緩む頬が押さえられず、ニヨニヨとした笑みが顔を飾る。デリカシーの無い親分にめげず、二人だけの思い出が詰まった店を守ろうとする兄の気持ちが何ともいじらしい。
声を抑えつつ肩を震わせていると、ぼんやりと状況を見ていたロシアが首を傾げて質問をしてきた。
「スペイン君とロマーノ君は恋人同士なのかな?」
前方の二人は肩を寄せ合っている。ふらついた足取りを支えているのだから仕方ないとはいえ、それにしてもスペインの腕はガッチリとロマーノの腰に回っていた。
傍から見たら、確かに親分子分というより恋人同士だろう。
最も、こういった状況に慣れてしまった子分様にはそういう意味だと意識されていない。小さい頃からスキンシップの海に溺れさせ、ロマーノにやりたい放題出来るスペインだが、それが仇となって関係を進められないでいる現状だとフランス達は知っていた。
「ヴェー……」
「何つーか、両片思いってやつ?」
お互いだだ漏れでアホらしいけれどとフランスが苦笑し、ロシアは「そうなんだぁ」とふんわり笑う。仲がいいのはいい事だよねと続ける声に同意しつつ、三人はレストランの扉をくぐった。
風向きがいいのか、通されたテラス席は僅かに涼しい。席につくなり大きな溜息を零すロマーノの頭を撫で、スペインはお勧めの料理を注文し始めた。
「ここの生ハムは結構イケるで!」
テーブルの上に並べられる色とりどりの料理に、ロシアが嬉しそうな声を上げる。いかにも南の国らしい鮮やかな配色が気に入ったようだ。
「うん、いい肉だな」
「海老美味しい~」
それぞれ好きな物を食べ始め、和やかな食事は進んでいく。そんな中、乗り物酔いであまり食欲の無いロマーノはスペインを睨んで夕飯当番を押し付けていた。
作品名:【腐向け】とある兄弟の長期休暇(前編) 作家名:あやもり