【腐向け】とある兄弟の長期休暇(前編)
「夕飯はお前が作れよ。俺、昼の分まで食うかんな」
「えー、ロマが作ってくれるんやないの? 絶対パエリアやと思っとったから、今頼まんかったのに」
「だぁ~れぇ~の! せいだよっ!」
スペインの前に出されたハムの皿を奪い、怒りながらぺろりとたいらげる。スペインはそれに文句を言わず、更には甲斐甲斐しくコップの水を補充してあげていた。
(……いつもこうだったっけかなぁ)
目の前で繰り広げられているイチャつきに、ヴェネチアーノは思わず視線を逸らす。いつも彼等はこんなにベタベタしていただろうか。
これで付き合っていないなんて嘘でしょ。
そうぼやきたい気持ちを水と共に飲み込み、料理に集中することで精神の安定を図っているフランスを盗み見る。その隣でのんびりと食事をしていたロシアは口元を拭うと、いつもの笑顔で世間話のように告げた。
「あったかい南の国っていいよね。ロマーノ君、ロシアにならない?」
「ひぃっ!? え、え、え、遠慮しますですこのやろー!」
先程までの気だるげな体が嘘のように瞬時に反応し、ロマーノは椅子の下に逃げ込む。ガタガタと震え、まるで携帯のマナーモードのような様子が可哀想だ。
ヴェネチアーノが兄に助け舟を出そうと口を開くより先に、目が笑っていないスペインが反応した。
「ロマは俺のやからアカンよ~」
こちらも笑顔でいつもの口調なのに、ひどく恐ろしく聞こえる。「やだなぁ、冗談だよ」と笑って返すロシアと睨み合う空間から少し逃げつつ、ヴェネチアーノは片手でガッツポーズを取った。
「ロシア、グッジョブだよ!」
「ナイスアシストだな。いい台詞出たぞ」
小声でフランスと喜び合う。日頃誤解されやすいスペインの言動だが、これはドが付く程の直球だ。この台詞を聞いたら、流石の子分様も親分の気持ちに気付くだろう。
そして晴れて両思い。
期待して椅子下のロマーノを覗けば、彼はこれ以上ロシアの言葉を聞きたくないと耳を塞いだ上でのマナーモード状態を継続していた。
「兄ちゃん、今のは聞いておこうよ!」
「ここスルーしちゃうの!?」
子分様のスルースキルの高さは知っていたが、こんな所にまで発揮されるのか。
二人同時の突っ込みは、店内に大きく響いたのだった……。
「ごめんね、ロシア。せっかく気を遣って話を振ってくれたのに」
「ううん、大丈夫だよ。イタリア君達も面白かったしね」
「……俺達はコントやってるんじゃないんだけどねぇ」
食事を終え、店を出て早々に兄達の所業を謝る。
今まではスペインが空気を読まないせいで関係が進まないんだろうと考えていたが、どうやらロマーノ自身のタイミングの悪さもあるようだ。
「兄ちゃん、プロイセンの不憫が移ったのかな?」
「そんな恐ろしい事があってたまるか」
落ち込むヴェネチアーノの言葉に、フランスが自身で体を抱き締めつつぶるりと震える。そんな二人に笑い、ロシアは「また一緒にご飯食べようね」と告げ観光に戻って行った。
その後を心配したフランスが追い、また三人でのバカンスが始まる。このどうしようもない兄達をどうしようかと一人で考えていると、ヴェネチアーノの携帯が着信を告げた。
「チャオチャオ~。日本、どうしたの~?」
電話の相手は日本。聞けば、どうやら彼もスペインに来ているらしい。今日は珍しく色々な知り合いに会う日だ。 友人らしい相談を受け、今回もスペインに丸投げする。
「スペイン兄ちゃん、日本がこっちでお土産探してるみたいなんだけど、どこかお勧めのお店ってあるかな?」
「もちろんあるでー! でもちょっと道分かりにくいかもな。車あるし、せっかくやから日本迎えにいこか」
日本の居る場所を聞き、そこなら簡単に行けると笑顔で言う。同じように場所を聞いていたロマーノは顔を歪めると、右手を出してひらひらとさせた。
「スペイン、キー貸せ。俺が運転する」
「えー」
「お前の頭に吐くぞコラ」
地の底から響くような脅しの声をさせ、何か恐ろしい物を背負った兄は無言で首を縦に振るスペインから車の鍵をゲットする。
待ち合わせの時間を決めた後そそくさと助手席に入るスペインを見送り、通話を切ろうとするとロマーノに止められた。
「……日本に、今スペインが言った時間より二時間はかかると言っとけ」
「え、二時間?」
「あいつが居る所、すっげー遠い」
どんな計算したらそんな時間で着けると思ってんだと怒りつつ、兄は車へ歩いて行く。どうしてすぐに計算出来る程ここの地理に詳しいんだろうと首を傾げたものの、ヴェネチアーノは慌てて待ちぼうけをさせられそうな友人に兄の言葉を告げた。
「俺が運転した方が早いって~」
「うるせぇ。これ以上気分悪くなりたくねーんだよ」
「裏道とかあるで?」
自分やスペインと比べると随分慎重な運転で、車は約束の場所へ走っていく。一人寂しく後部座席に座っている間、目の前では親分子分の言葉のキャッチボールが行われていた。
迷ったらどうするんだという親分様の言葉に、兄は鼻で笑う。顔は前を向いたまま、にやりと口の端を吊り上げた。
「……俺がスペインの事知らないとでも思ってんのかよ」
知っているに決まっているだろう。
そんな自信に満ち溢れた言葉を返され、スペインに兄の言葉が被弾した。何も返せない彼により会話はそこで終了してしまったが、スペインは満面の笑みを浮かべてずいぶん幸せそうだ。
(兄ちゃん、無意識でも凄いよ!)
惜しむらくは、兄は安全運転な為余所見をせず、想い人の表情を窺えないという事か。この嬉しそうな顔を見せてやりたいと思うものの、それはそれで照れ隠しによる口論が起きそうである。
「あ、いた! にほんー!」
約束の時間からきっちり二時間遅れ、車は現場に到着する。先に伝えておいたお陰で待ちぼうけをせずに済んだようで、日本の機嫌は上々だった。
「悪いな、遅くなって」
「いえいえ、ありがとうございますロマーノ君」
ぶんぶんと手を振るヴェネチアーノに目を細め、ロマーノの遅れた侘びの言葉に日本は頭を下げる。
イタリアらしいルーズさはあるものの、身内を反面教師にしているのか、ロマーノ自身は結構時間を気にするタイプだ。その気遣いを有り難いと受け止めながら、日本はちらりと横を確認した。
少し離れた所で見知らぬスペイン人相手に商売をしている中国の姿にそっと溜息をつき、気を取り直してスペインに案内を頼む。
奥の道にある穴場な店に向かう間、ヴェネチアーノは日本に先程までの話をしていた。
「空気を読まないスペインさんと、運の悪いロマーノ君ですか……おもしろ、いえ、大変なことになっているんですね」
「ねー。スペイン兄ちゃんがかっこいいこと言う時に限って、兄ちゃん聞いてないんだよ~」
そんなやりとりを今日だけで何度見た事か。お互いに空振りだと思っているので事態は何度も繰り返し、それら全てを見ているこっちは胸焼けしてしまう現状だった。
「ロシアの好意も無駄にしちゃったし」
「まあ、ロマーノ君はロシアさんを怖がってますからね」
作品名:【腐向け】とある兄弟の長期休暇(前編) 作家名:あやもり