continuous phase
innocence・翔
事務所の意図が読めずにいる。
何故これを”自分達”に渡したのか。
(何か、すげぇや…この歌詞…)
と翔は思っていた。
曲は春歌が書いたことは知らされている。
だが、何故か、何故か作詞をした人間はシークレットなのだ。
文字で読んだ時、この書き手は「恋をしているのだ」と分かった。
それを正確に読み取って、春歌は曲にし。
歌い手は、「完成」させた。
これ以上何を求めるのか。
---個性?
歌い手は曲を彩る。
その声質、感情表現の差で「全くの別のものに出来る」。
理屈では分かっている。
この楽曲以外でそれを知っている、耳にしているからだ。
(でも…どうして…)
身近な人間の”完成形”を自分たちに示したのか。
その「意図」ばかりが気になってしまう。
”完成版”である楽曲をCDROMで受け取って。
「これを聴いて、自分なりに歌ってみろ」
と日向龍也に直々に言われたのだ。
社長命令だから、と冠ありで。
完成版は、トキヤが歌っていた。
情熱的且つ切ない歌声が広がる。
元々ある声の透明感が曲とマッチしていた。
自分には絶対回ってこない楽曲の種類だと思った。
自分の立ち位置は理解しているつもりだ。
元気な曲。
少し可愛らしい曲。
それに満足はしていないが、不満は勿論ない。
向き不向きは分かっているからだ。
「先生」
「おい…何時まで学園生でいるつもりだ?」
「あ!ひゅ、日向、先輩。これは…」
「ん?あぁお前らに歌ってもらうって形になったんだよ」
「お前ら?」
「一十木、聖川、四ノ宮、神宮寺、愛島…そして」
お前だと、指を指される。
収録は十日後。
歌詞をプリントアウトしたA4の用紙。
楽曲の楽譜。
最後に、オケとこの完全版が入ったCDROMが渡された。
誰が歌っているとは知らされずに聴いた為、その衝撃は大きかった。
学園時代あれほど「心がない」と日向先生に怒られ、その事を翔自身も聞きながらうっすら感じていた。
その後何があったか…何となく想像は出来ているがその過程で随分変化して行くのを目の当たりにしている。
この楽曲以外にもトキヤ自身の曲は聴いていたから、
「やっぱり、トキヤは凄いな。ほんと、上手いや」
その度にそういった感想は当たり前に持っていた。
でも今回は違う。
彼自身から突きつけられた「彼自身の力」。
しかも迂回した方向からやってきた。
予想外すぎて、身構える暇もなかった。
重く大きなものが迫ってくるのが分かる。
頭の中一杯に広がっていく。
体中に錘を付けられたような、そんな気分だ。
(俺は…逃げてる…)
曲を聴きながら、楽譜を読みながら、そう翔は感じた。
「意図」と言う言葉に。
「トキヤの歌った歌」と言う存在に。
トキヤの大きさを改めて知って、彼のHAYATOを捨てた”歌う事への覚悟や憧れ”を強く感じたのだ。
(あいつは凄い。でも…俺はあいつじゃない!)
まず曲を聴くのをやめた。
もう、トキヤの正確なピッチのお陰で耳と頭にはメロディが焼き付いている。
歌詞用紙を取り出し、ノートを引き出しから取り出して、書き写し始めた。
「この歌詞を書いた人間の気持ちを、俺も知りたい」
そしてそこから自分なりのこの歌の物語の”答え”に辿り着くんだ。
そう決めた。
焦がれるほどの恋が分からないならば、誰かを想えば良い。
いや、もう知っている。
歌詞を書き写しながら、翔の中には春風のように暖かく優しい少女の笑顔が浮かんでいた。
作品名:continuous phase 作家名:くぼくろ