【かいねこ】海鳴り
やっと日が暮れ、屋敷に戻る。
すぐにいろは様の元へ行き、伏木様から預かった守り袋を手渡した。
彼女は手に取った後、直ぐに文机の上に置いてしまう。
「伏木様からの贈り物です」
「そうか」
いろは様は首を傾げ、にやりと笑うと、
「お前は、たった二度しか顔を合わせない相手に情が移るのか。安いな」
小馬鹿にしたように言い、「下がれ」と命じてきた。
俺は頭を下げて部屋を出ると、物陰からこっそり様子を伺う。
彼女の言葉が本心から出たものとは、到底信じられなかったからだ。
いろは様は、俺が十分離れたであろう時を見計らい、そっと守り袋に手を伸ばす。
「・・・・・・旦那様」
か細い声で呟くと、愛しそうに頬に当てた。
「旦那様、旦那様、旦那様」
ひたすら繰り返し、床に突っ伏す。
「・・・・・・うっ・・・・・・旦那様・・・・・・ひっく・・・・・・だんな、さま・・・・・・うぅっ」
肩を震わせ、声を押し殺して泣く様を見ていられず、足音を忍ばせて自室に戻った。
待っていても、彼女が姿を見せることはなく。
俺は、書棚から引っ張りだしてきた、古い伝承を読み始めた。
遙か昔、この地に住み着いたという大蛇と、退治した若者との悲恋。祭りの起源とされる物語。
読み終わった頃、遠くから低い轟音が聞こえてきた。
・・・・・・まるで、男が泣いているかのようだ。
再び、書物に視線を落とす。
この伝承が、何故、生け贄を捧げる祭りとなるのだろう。
それが分かれば、彼女を救えるだろうか。