【かいねこ】海鳴り
翌朝、少し疲れた様子の彼女に、昨日の疑問を問いかけてみた。
いろは様は、じろっと俺を睨んで、
「知るか。物事の始まりなど、そんなものだろう」
そっけなく言うと、背を向けて本を読み始める。
「しかし、大蛇が退治されたのなら、生け贄を捧げる必要はないのでは?」
「退治されてないだろう。大蛇は生きていた」
「ですが、最後に身を投げております」
俺が食い下がると、彼女は振り向いて、小馬鹿にしたように笑い、
「それを言ってどうなる?祭りを止めろとでも?我が身可愛さに屁理屈をこねてるのだと、笑われるだけだ。下らぬ」
突き放すような言葉に、口を噤んだ。
・・・・・・確かに、彼女の立場でそのようなことを口にすれば、勘ぐられるだけだ。
それでも、納得がいかない。
このような曖昧な伝承で、彼女が犠牲になる理由が。
昼前に、いろは様の言いつけで外に追い出された。
「表を見回る」のも、守役の大事な役目かもしれないが、「お前の顔を見たくない」と言われているようで、心が沈む。
あまり表をうろついていては外聞も悪いので、また主人の元へ行こうかと考えていたら、向こうからメイコがやってきた。
「あんた何してんの?ちゃんと役目を果たしてる?」
「してるよ。外を見て回れと、言いつけられたところだ」
「ふーん。あんまりうろつかないほうがいいわよ。馬鹿みたいだから」
「随分な言いぐさだな」
苦笑しながらも、メイコがいつもの調子に戻っていることに、肩の力が抜ける。
ふとメイコの意見も聞いてみたくて、今朝と同じ疑問をぶつけてみた。
「・・・・・・いろは様は、何て?」
硬い表情で聞き返され、戸惑いながら「取り合ってももらえなかった」と答える。
メイコは、ふっと息を吐くと、
「龍神子様のお言葉は変えられないもの。あたし達がどうこう言う問題じゃないわ」
「それでは、彼女は生まれてすぐ死ななければならないのか?生まれてすぐ主人と引き離され、外に出ることも叶わず、守役以外と口も利けず、事の起こりさえ曖昧な習慣の為に」
「男のあんたには、分からないわよ!!」
悲鳴にも似た声で遮られ、驚いてメイコの顔を見る。
「今年は生け贄を捧げるのか、誰が選ばれるのか、祭りが近づく度に怯えてたわ。自分が選ばれたらどうしよう。幼い子達が選ばれたらどうしよう。旦那様とも引き離されて、村の為に死ねと言われたら。伏木様が、龍神子様の命で人形を作ったと聞いた時、心の底から嬉しかったわよ!会ったばかりのあの子より、共に暮らしてきたルカやミクやリンのほうが大事なの!祭りが終われば家に帰れると知って、旦那様だって喜んでくれた!!あの子が選ばれたのは、皆に都合が良かったの!!」
激しい言葉に、俺は声も出なかった。
メイコの言う通りだから。俺も最初は、見知らぬ人形が選ばれた事に、安堵したのだから。
「・・・・・・男のあんたには、分からないわよ」
荒い息の元に言い捨てると、メイコは俺の脇をすり抜け、走り去っていく。
俺は、彼女の後ろ姿を見送ることも出来ず、ただ突っ立っていた。