【かいねこ】海鳴り
翌日から、いろは様に何を言いつけられても、出来る限り早く屋敷へと戻ることにする。
最初は文句を言われたが、私の役目は貴女様をお守りすることですと押し通したら、向こうも諦めたようだった。
何かを言いつけられることもなくなり、二人きりで過ごす時間が長くなる。
「無駄に時を過ごすこともないだろう。お前も少しは本を読め」
いろは様はそう言って、何やら難しげな本を手渡してきた。
「ありがとうございます。私に理解できますかどうか」
「分からぬことがあれば、聞けばよい。最初から理解できるとは思っておらぬ」
それならと、彼女の隣に座る。
「失礼致します」
「何をしている」
「分からぬ事が多すぎます故、直ぐにお聞きできるようにと」
「・・・・・・ちっ」
小さく舌打ちされたが、気づかない振りをした。
祭りまで、十日を切ってしまった。
彼女と共に過ごせるのも、後僅か。
「いろは様、何故この蛇には、足があるのでしょうか?」
書物の中にある不思議な蛇の絵を見せると、
「これはミズチだ。蛇体に四肢を持ち、毒気を吐いて人を害すると言われておる。だが、本来は水の神よ」
「神が、人を害するのですか」
「そうそう都合の良い存在ではないのだろう。神も、人もな」
穏やかな口調だが、どきりとして横顔を伺った。
人の都合で生贄にさせられた我が身を、振り返っているのだろうか。
何とか、助ける手だてはないだろうか。
このまま、見殺しにしなければならないのか。
祭りの後、何事もなかったかのように、主人の元へ戻るのか。
俺は、彼女の守役ではないか。彼女を守るのが、俺の役目ならば。
どうにも答えが出ないまま、時だけが過ぎていった。