【かいねこ】海鳴り
日が暮れる前に、屋敷の門を締めに行く。
いつもの手順を、しかし抜かりがないよう慎重に繰り返していたら、
「カイト」
聞き覚えのある声に、振り向いた。
「ルカ」
「ミクから手紙を預かってきたの。いろは様に渡して欲しいって」
そう言って、ルカは手紙を差し出してくる。
手紙を受け取りながら、
「そうか。ミクはどうしてる?」
「うん・・・・・・あんまり元気がないわね。どうしても気になるみたい、彼女のこと」
ルカの視線が屋敷へと向けられ、俺もつられてそちらを見た。
「ルカは、いろは様が選ばれた時、どう思った?」
俺の言葉にルカは答えず、黙って顔を俯ける。
酷なことを聞いてしまったかと悔やんだ時、ぽつりと言った。
「・・・・・・自分でなくて良かった」
ぽつりぽつりと、言葉を続ける。
「自分以外が選ばれて良かったって思って、そう思った自分が怖かった。私、メイコやミクやリンが選ばれても、同じ事を思ったのかも知れない」
「そうか」
ルカを責めることは簡単だけれど、俺にその資格はないと思った。
男である俺には、その痛みや苦しみは分からないだろう。
「彼女が、私を憎んで、恨んでくれたらいいと思う。そう思うと、気が楽になるから」
「いろは様は、恨み言など口にしたことはないよ」
ルカはふいっと顔を背けると、
「許される方が、辛いわ」
そう言って、立ち去った。
戸締まりを終え、ミクの手紙をいろは様に渡す。
「誰からだ?」
「ミクからです。龍神子様にお仕えしている」
「知らんな」
かさかさと手紙を開き、目を通している彼女に、
「支度を手伝いに来ていた者に、緑色の髪をした少女がいたでしょう」
「そうだったかな」
いろは様は気のない声を返し、手紙を畳む。
「その者に伝えてくれ。私には、名も知らぬ相手を憎む時間など、最初から与えられていない、とな」
そう言って俺に背を向けると、本を読み始めた。
・・・・・・そうか。ミクも、同じように苦しんでいたのだな。
「下がれ」と声を掛けられなかったので、そのまま控える。
遠くから、海鳴りの音が聞こえていた。