【かいねこ】海鳴り
龍神子様の元を飛び出すと、急いで屋敷に戻る。
「いろは!」
声を掛けるが、応える者はない。
くそっ!何故連れて行かれた!
何故待たなかった!!
言われた通りに納戸へ向かい、中の物を乱暴に投げ出せば、奥に見慣れぬ刀があった。
いつから置いてあったのかと、一瞬疑問が頭を掠めたが、今は考えている余裕がない。
刀を掴み、その足で海岸へ向かう。
すでに日は沈み、夜の闇が辺りを支配していた。
松明の明かりと、小声で囁き交わす人々の群。
いろははすでに、洞窟の中へと運ばれたようだ。
見つからぬよう身を隠しながら、慎重に洞窟の裏へ回る。明かりをつける訳にもいかず、手探りで岩肌に開いた割れ目を見つけた。
龍神子様が言っていたのは、これか。
細い隙間に体をねじ込み、身を捩りながら奥へと進む。
いろは、待っていろ。
俺が行くまで、無事でいるのだぞ。
洞窟内は、しんと静まり返っていた。
簡素な祭壇が設えられ、蝋燭の明かりの中、いろはが一人座っている。
まだ無事な姿でいることに安堵し、物陰に身を潜めた。
一段下がったところに海水が流れ込み、静かに渦を巻いているのが見える。
現れるとしたら、あそこからか。
音を立てぬよう、そっと刀を抜いた。
姿を現すと同時に、切りかかる。
剣術の修行をしていないことを悔やみながら、俺は握る手に力を込めた。
ごぽっ・・・・・・ごぽごぽっ・・・・・・
渦の中に気泡が沸き起こり、海水が盛り上がる。
息を詰めて見守る中、ざぱりと渦を割って、巨大な蛇の頭が見えた。
ぴしゃり。
蛇が体をくねらせ、不釣り合いな足を岩肌に乗せる。
ミズチか!
書物の中で見た四つ足の蛇がそこにいた。
ミズチは迷いなくいろはに近づき、俺が飛びかかろうとしたその瞬間、
「お前のしていることは、裏切りだ」
いろはの静かな、力強い声が響く。
驚きのあまり動きを止めてしまうが、ミズチもまた足を止めた。