【かいねこ】海鳴り
海に住み着いたという大蛇の伝説が蘇る、年に一度の祭り。
その祭りが村人達にとって心躍る楽しみとなるか、息を潜めた夜となるかは、龍神子様のお言葉に掛かっている。
大蛇へ生贄を捧げるか、否か。
生贄に選ばれるのは、龍神子様に仕える処女。
一ヶ月の間、守役の男と共に、用意された屋敷に隔離され、穢れを落とす。
祭りの当日、生贄に捧げられた娘を洞窟に残し、龍神子様が大蛇の魂を呼ぶ儀式を執り行う。
夜が明けて、無惨に引き裂かれた娘の遺体が上がれば、大蛇の魂は鎮まり、海の恵みが約束されるのだという。
生贄を捧げるのは毎年のことではなく、また生贄に選ばれるのは名誉なこととは言え、娘を奪われる親の悲しみは深い。その身代わりとして作り出されたのが、娘の姿をした唐繰り人形だった。
村に招かれた人形遣い達は、唐繰り人形を作り、龍神子様に献上した。多額の報酬を受け取り、村を去る者もいれば、残る者もいた。
その為、この村には多くの人形遣いが住んでいる。
俺の主人もその一人だが、村では珍しく、男の人形しか作れない。
もっとも、他の村や町では、男の人形は働き手として重宝されるので、差し支えはないらしい。
「父上のお帰りですよ」
奥方様の声に、子供達が弾かれたように走り出す。
「父上、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ、旦那様」
まとわりつく子供達を抱え、主人の大瀬はこぼれんばかりの笑みを浮かべていた。
「よしよし、お前達、カイトの言うことをちゃんと聞いておったか?」
「はい!」
「はい!」
二人が元気よく返事をするのを見て、ただ苦笑するしかない。
主人と子供達が賑やかに奥に行くのを見届けて、俺は湯殿の用意をしに行った。
夜も更け、子供達を寝かしつけた後、俺は主人に呼ばれる。
「カイト、そこに座りなさい」
「はい」
仄暗い部屋の中、主人は難しい顔で俺に向き合った。
声を発するのも躊躇われ、無言で主人の言葉を待つと、
「今年は、生贄を出すこととなった」
告げられた言葉が、重くのし掛かる。
「そう、ですか。それは、誰が」
「まだ分からぬ。龍神子様は、ただ『生贄を出す』ことだけを告げられた」
「今、龍神子様に仕えているのは」
「メイコ、ルカ、ミク、リンだ。五年前に仕えていた人形は、全て返されたからな」
五年前、同じように生贄が選ばれた。選ばれなかった人形達は人形遣いの元に返され、全員が村の外へと引き取られている。
「誰を選ぶかは、まだ決まってないのですね」
「ああ。誰が選ばれても・・・・・・辛いな」
主人の言葉に、目を伏せた。
人形遣い達は、皆、手元に人形が戻ってくることを願っているだろう。明暗が分かれた後、彼らが元のように親しくつき合えることはない。
「お前も、親しくしている者ばかりだな」
「・・・・・・はい」
『誰が選ばれても辛い』
主人の言う通りだ。
選ばれた者を、どんな顔で見送ればいいのだろう。
選ばれなかった者と、また同じようにつき合えるのだろうか。
「祭りまで余り時間がない。選ばれれば、穢れを落とす必要があるからな。数日後には、全て分かるだろう」
主人の言葉に、ただ無言で頷くことしか出来なかった。