【かいねこ】海鳴り
屋敷の周りには明かりが焚かれ、人形遣い達が集まっている。
近づいていいものか逡巡していたら、中から一人抜け出して、俺に声を掛けてきた。
「久しぶりだな、カイト」
「高村様。お久しぶりです」
主人と同じ人形遣い。彼はミクを作り、龍神子様に献上している。
安堵の表情を浮かべた高村様は、声を落として、
「俺はミクに会いに来たんだ。龍神子様が、選ばれなかった人形は、祭りの後全て返すと仰ったからな」
「そうでしたか。お役目ご苦労様です」
「それはミクに言ってやってくれ。今、中で支度を手伝っている。ほどなく出てくるだろう」
「あの、選ばれたのは、伏木様が作られた人形だと」
「そうだ。この為に作らせたらしい。龍神子様も考えたものだな。長く仕えている者には、やはり情が沸くのだろう」
高村様は、俺の肩を叩き、
「お前は一月の辛抱だな。まあ、守役など形式的なものだ。気楽に行け」
そう言って、俺を門の方へと押し出した。
「ほら、通してやれ。彼が守役を務める」
振り向いた顔の中に、見知った人達が見える。皆、自分の人形に会いに来たのだろう。手を取られ、通されながら、口々に頑張れよなど声を掛けられるが、どの顔も喜びを隠しきれないようだった。
その人々の向こう、憔悴した顔の男性と目が合う。
あっ。
それが伏木様だと気づいた時には、すでに背を向けられてしまっていた。
そういえば、伏木様の手がけた人形の名を、聞いていなかった。
そんなことを考えながら、俺は屋敷の中へと押し込まれる。
「あんたが守役なんですって?」
入ってすぐ、メイコが現れた。
「ああ。大瀬様に聞いて、飛んできたところだ」
「そう。その様子だと、何も持たずに来させられたようね」
「何せ急なことだったから。必要な物は、後で届けさせると」
「一応、一通りの物は揃っているけれどね。後、守役のあんたは、彼女の許しがあれば外出できるから。そんなに難しい役目でもないわよ」
「そうか。一月の間だけれど、精一杯務めるよ」
メイコとは旧知の間柄だけれど、場合が場合だけに、お互いぎこちない。
彼女が選ばれなくて安堵したが、それを言葉にするのは、余りに不謹慎だろう。
メイコも、硬い表情で視線を逸らすと、
「あたし、もう戻るけど、他に何か聞いておきたいことある?ああ、分かってると思うけど、彼女には一切手を触れないように。禁を破れば、咎を受けるのは、あんただけじゃ済まないから」
「それは分かっている。大瀬様にも念を押されたから。ただ、あの」
何だか口にするのは間抜けな気がして、言葉に詰まる。
メイコは訝しげな顔で、
「ただ、何?」
「いや、あの・・・・・・俺は、彼女の名前を知らないんだ。伏木様が作られたということだけで」
メイコは、一瞬きょとんとした顔の後、呆れた様子で、
「そう。相当急いで追い出されたのね。彼女は「いろは」。年格好は、そう、ミクやリンと大して変わらないわね。後はあたしも知らない。聞かされてないし、彼女とは言葉を交わしてないから」
「喋らないのか?彼女は」
「そうじゃなくて」
メイコは再び視線を逸らすと、
「生贄に選ばれた者は、守役以外と口を利いてはならないの」