【かいねこ】海鳴り
同じように支度を手伝いに来ていた、ルカ・ミク・リンと挨拶を交わし、彼女達は引き上げていった。
今、目の前に、生贄として選ばれたいろはが座っている。
メイコの言った通り、年格好はミクやリンとさほど変わらない。目の覚めるような鮮やかな髪と瞳。白い着物に身を包んだ彼女は、俺を値踏みするように眺め、
「お前、名は」
「カイトと申します。これから一月、いろは様の守役を務めさせて頂きます。至らぬこともありましょうが、何とぞ」
「はっ」
俺の口上を、いろは様は小馬鹿にした声で遮り、
「どうせ一月後には顔も合わせぬ相手だ。礼を尽くしてなんになる。好きにしていろ。私も好きにする」
「ですが」
「構うな」
ぴしゃりとこちらの言葉を打ち切らせ、睨みつけてきた。
「私に構うな。下がれ」
「・・・・・・仰せのままに」
頭を下げ、彼女の元を辞する。
あてがわれた部屋に戻り、俺は溜息をついた。
・・・・・・あの相手と一ヶ月か。息が詰まりそうだ。
翌日、屋敷の中を一通り見て回る。
メイコが言った通り、一通りの物は揃っているので、不自由することはなさそうだ。
圧倒されたのは、膨大な書物の数。屋敷の中でも一番大きな部屋に、数え切れないほどの書物が積まれていた。
手近な一冊を手にとって開いてみたが、俺には理解出来ない文字で書かれている。
「何だこれ・・・・・・さっぱり分からん」
「それは蘭語だ」
独り言に反応され、驚いて振り向いた。
後ろに立っているいろは様が、じろじろと俺を眺め回し、
「お前、字が読めぬのか?」
「い、いえ。読み書きは出来ますが、蘭語は」
「そうか」
俺の言葉を遮ると、いろは様は別の本を手に取り、
「これは?」
渡された本は、字は判読できるけれど内容が理解できない。
「申し訳ございません。私には」
「・・・・・・はっ。そうか」
馬鹿にしたように笑うと、本があった場所を示し、
「元の場所に戻しておけ」
「はい」
部屋を出ていった彼女が見えなくなるのを確認してから、
・・・・・・くそっ。可愛げのない。
小声で悪態をつきながら、本を慎重に戻した。