【かいねこ】海鳴り
二日後、主人から衣服や身の回りの物が届けられたが、守役以外は屋敷に立ち入れないので、一人で荷物を運び込む。
時間だけはあるので、だらだらと部屋に移していたら、すっかり日が暮れてしまった。
「いろは様、今夜は風呂の用意をしますか?」
「いらぬ」
人形ゆえ、食事も風呂も睡眠すら必要としない彼女は、ただひたすら本を読んでいる。
こちらから話しかける以外、一切言葉を発しない相手に、俺は早くも気詰まりを感じていた。
「何を、お読みになられているのですか?」
「口を利かないでもらえるか。気が散る」
ぐっ。
心の中で悪態をついていたら、珍しくこちらを向いて、
「お前は、唐繰りの製造法を知っているか?」
「えっ?あ、いえ。私は」
「お前の主は、人形遣いであろう?」
「はい。ですが、私は主の仕事には関わりがなく」
「ふはっ」
小馬鹿にしたように笑い、再び背を向け、
「下がれ」
「・・・・・・はっ。失礼いたします」
・・・・・・一月、一月の辛抱だ。
腹立ち紛れに荷を解いていたら、廊下に足音がする。
驚いて顔を上げると、いろは様がこちらを見下ろしていた。
「あっ、何かご用で」
「間の抜けた面だな」
・・・・・・は?
こちらが何か言う前に、彼女はさっさと背を向けて行ってしまう。
なっ、なっ、何だあの女!!
ふざけるな!!
だが、どれほど腹を立てようと、俺は守役として彼女に仕えなければならない。
後、一月。一月の辛抱だと、自分に言い聞かせる。
祭が始まれば、俺は役目を解かれ、彼女は、
彼女は、生贄として・・・・・・捧げられるのか・・・・・・
気づいた時、指先が冷たく強ばっていた。