【かいねこ】海鳴り
翌日、いろは様が書き物をしている後ろ姿を、ぼんやり眺めていたら、
「これを、龍神子様の元へ届けてくれ」
「はい」
書き終わったばかりの文を渡され、懐にしまう。
「それと、日が暮れるまで戻ってくるな。気が散る」
「なっ!あっ、わ、私は、あなた様をお守りするのが」
「何もないし、誰も来ない。いいから行け」
いろは様はそう言うと、さっさと背中を向けて、本を読み始めた。
その態度に、一瞬怒りが沸き上がるが、彼女の役割を思い出し、気持ちも萎える。
一月後には明暗の分かれる相手、顔を見るのも疎ましいだろうか。
俺が彼女だったら、同じ様に言うのかもな。
「失礼致します」
頭を下げ、彼女の元を辞した。
龍神子様の元へ行き、出てきたミクに文を渡す。
彼女とも付き合いはあるが、今はやはり態度がぎこちなかった。
俺から渡された文に目を落とし、しばし躊躇った後、
「いろは様は、その、お元気、ですか?」
「ああ、変わりない。毎日、本を読んでおられるよ」
「そう、ですか。お役目、ご苦労様です」
まだ何か言いたそうだったが、くるりと背を向けて、屋敷の中に走り去る。
しばらく待っていたら、包みを手にミクが戻ってきた。
礼を言って受け取ると、ミクは俺の腕をつかんで、
「あの!い、いろは様に、会えないかな?ほんの少し、一瞬でもいいから」
「えっ!?あっ、いや、無理だろう。屋敷には守役以外入れないし、彼女は祭りまで出てこれないから」
それは、ミクのほうが良く分かっているはずだ。
驚いて言葉に詰まってしまったが、何かよほどの訳があるのだろうと思い直す。
「何か伝言があるなら、俺に言ってくれれば」
「ううん、いいの。ごめんなさい」
ミクは顔を逸らすと、
「・・・・・・自分で言わないと、意味がないから」
そう言って、再び屋敷の中に走り去ってしまった。