梅花
「……やっぱり、男じゃったか」
「当たり前だろう。俺はどこからどう見ても男だろうが」
「振り袖着ゆうがじゃ」
その陸奥の指摘に、桂はうっと言葉を喉につまらせる。
銀時は話の方向を少し変えてやる事にした。
「振り袖って言やァ、アンタも着てるじゃねーか。前みたいに三度笠に合羽じゃねーんだな」
「ああ、これか。これは……」
「快援隊の中には陸奥を我が娘のよーに思っちゅうヤツらがおってのー、そいつらがこれ着て初詣行ってくれゆうてきかんかったんじゃ、なあ、陸奥?」
いつの間にか、当たり前の顔して坂本が陸奥の横に立っている。
陸奥は表情一つ変えず、頷く。
「わしはいらん言うたがや。やけど、あいつらが男泣きに泣きよったがやき、仕方のうて。なんで、そこまでして、こんな着物着せたいのか分からん」
銀時と桂はチラリとお互いの眼を見る。
陸奥に振り袖を着せたがる男たちの気持ちが、二人とも理解できた。
男は自分の娘に幻想を抱いているのだ。
同じ船艦で長い宇宙航海を続けるうちに自然と家族のような絆が生まれたのだろうし、年配の男どもが陸奥を自分の娘のように感じていても無理はない。
だから、若い娘らしいと彼らが思う華やかな着物を陸奥に着せたいのだろう。それが陸奥の嗜好に合っていなかったとしても。
銀時と桂は少しばかり快援隊の男たちに同情した。
銀時と桂は手をつないで去っていった。いや、正確にいうと、嫌がる桂の手のひらを銀時が無理矢理とらえて引っ張っていった。
「普通に考えたら、黒髪のほうじゃろー」
二人の背中を見送りつつ、陸奥は坂本に尋ねる。
「なんで、あの銀髪がえいがか?」
「女に見えるちゅうだけじゃったら、本物の女のほうにしちょく。わしはあの銀時やきこそ、欲しいんじゃ」
「やけど、銀髪はあの黒髪に惚れ込んじゅうみたいやき、おまんがなんぼ想っても手に入らんろー」
「なにが起こるか分からんのが、人生じゃ。気長に待ちょるうちに、あの二人の仲じゃって、変わるかも知れん」
「諦めの悪い男じゃ」
ため息まじりに陸奥は言い捨てた。
坂本は晴れ渡る空を見上げて、微かに笑う。しばらくして、陸奥の背を軽く叩く。
「帰ろか」
陸奥は眼を細めた。なにかを考えているような顔つきになり、やがて、小物入れを開けて、中から白い包みを取り出す。
「ほら」
その紙袋を坂本の胸に押しつけた。陸奥が手を放すと、それを坂本が受け止める。
「どうせまたあの銀髪の所に行くがやろ。こないだのような事故を起こされたち、困るからな」
坂本が紙袋の中身を取り出してみると、それはお守りだった。
安全運転、と刺繍されている。
それを見て、坂本はクククと笑った。そして、懐に手をやる。
「帰ってから渡そうと思っとったが」
坂本は懐から出した手を陸奥に向ける。その手には陸奥が坂本に渡したのと同じ白い包みがあった。
それを陸奥はつかみ取ると、中を見た。
「今年も、うちの会社の大黒柱としてがんばってくれ」
「……大黒柱は頭のおまんじゃろう」
「わしは皆の先頭に立って号令をかけるだけじゃ。支えるのは陸奥じゃ」
「なにを勝手な事を」
ふざけるなとばかりに、陸奥は文句を言う。
だが、陸奥の手は大切そうにお守りを握りしめていた。
そのお守りには、家内安全、とあった。
初詣の帰りに昼食を取って、それから志村家を訪ねて新八と神楽の顔を見て、桂の隠れ家に戻った頃には日が暮れていた。
三が日の間は桂の隠れ家で過ごさせてもらえるよう頼み込んである。
万事屋は残念ながら、あの坂本のバカのせいで破壊されてしまっていて、とても生活できる状態ではない。
そういえば神社で坂本に逢った時に弁償させれば良かった、と銀時は今更ながら後悔する。いや、もう一、二発殴っておいても良かった。
桂が借りている二階の部屋に、銀時は一人で向かう。
そして、銀時が手持ち無沙汰で待っていると、ようやく桂は部屋に現れた。
桂は振り袖からいつもの着物に着替えていた。結い上げていた髪はおろしているし、化粧も落としている。
「疲れた……」
そう呟いて、桂は座り込む。しかし、習慣のせいかきっちり正座している。胡座をかく銀時とは対照的だ。