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吾輩は猫である

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「吾輩が知らないとでも思ったのか? お前には見えなくとも、吾輩はお前たちが見えるのだぞ。お前だってもういい歳なのだ。腹を決めて、彼女の想いに応えてやったらどうだ?」

 ――我慢にも限界はある。

「……るせっ! 余計なお世話だっ!」
 俺は前肢の爪を出して、再び正面に舞い降りていた羽根妖精に飛びかかった。
「いかん! 暴力反対なのだー」
 今度もひらりと交わされてしまう。
「黙れ、この羽根虫っ! 虫の分際で出歯亀するとはいー度胸だ。元に戻ったら憶えてやがれ。吉羅に言いつけて、とっちめてやる!」
 自分で処罰できないあたり、小学生レベルの喧嘩みたいで実に情けないのだが、人間に戻ればファータは見えないのだからやむを得ない。
「そうか、そうか。吉羅暁彦にお前の破廉恥行為を知られて良いのだな」
「破廉恥――いつ、俺がそんな真似をしたっ!」

 していない。
 俺はまだ、断じて、何もしていないぞ……。

「ふふーん。ムキになるのは、お前にやましいところがあるからなのだー」

 予定変更――やっぱりこの羽根虫は害悪だ。

「気が変わった……お前は今、ここで、俺が殺(や)る!」
 俺は喉の奥で低いうなり声をあげると、爪と牙を剥きだして、羽根妖精に飛びかかった。
「いかん、いかんぞ、金澤紘人!」
 妖精を取り囲む黄金色の光が強くなり、目がくらむ。瞳孔の調節が間に合わない。
「……っ」
「さ、さらばなのだっ!」

 光の洪水が鎮まり、視界を取り戻したときには、既に羽根妖精の姿はなかった。
(逃げられた……)
 少しだけ、吉羅の気持ちが分かった。
 あんなヤツの相手を四六時中するなんて、考えるだけでぞっとする。
(今日は……いや、今日も厄日だ)


 今度こそ、森の広場に静寂が戻った。
 人間とファータの気配がないことを確認しながら、最奥部へと俺は進む。
 目的地は、もう目と鼻の先だ……距離のわりに、実に長い道のりだった。
 昨日、俺が寝転んでいた場所だけ、下生えが潰れているので、ここで間違いはない。

「んにゃっ……!?」
 隠し場所にした茂みに頭を突っ込んで、間抜けな声をあげる。

 いや、そんな馬鹿なことが……。
 慌てて、周囲の茂みを順番に覗いて回る。

「にゃん!?」
(嘘だろ!?)

 昨日、確かに隠したはずの俺の服は、何処にも見当たらなかった……。


 吾輩は猫である。名前は「ヒロ」
 受難の時は、まだまだ続くようである。

作品名:吾輩は猫である 作家名:紫焔