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吾輩は猫である

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「じゃあね、ヒロさん。……明日、お詫びにササミジャーキー持ってくるから」
 それは要らん。
「火原先輩。これ……」
 一歩離れた場所で、二人と一匹のやり取りを見ていた土浦が、フリスビーを拾い上げる。
「いっけね……忘れてた。サンキュ!」
 火原は惨劇の原因となった真紅の凶器を受け取ると、元気に走り去ってしまった。

「俺も病院まで付き合ってやりたいんだが、これからサッカー部の連中と約束があるんだ。悪いな」
 申し訳なさそうな顔で、土浦が頭をかいた。
 約束、大いに結構。早くここから消えてくれ。
「うん、大丈夫だよ。有り難う」
「日野……」
「何?」
「やっぱいいわ。じゃあな」
 踵を返しかけた土浦が、振り返って俺を一瞥する。眉間に皺を寄せて、小声で何やら呟くと、今度こそ立ち去っていった。
「……変な土浦君」
 あの複雑な男心を、日野は理解するどころか、察してもいないのだろう……もっとも、俺が教えてやる義理も筋合いもないわけだが。
 ともあれ、ようやく二人きり(?)の穏やかな時間が戻ってきた。


「ごめんね、ちょっとだけ我慢してね」
 俺は日野に抱かれたまま手洗い場に連行されると、傷口を水道水で流された。
 あれほど渇望していたはずの水が、激痛となり俺を苦しめる。
「みゃっ……」
 みっともない鳴き声をあげまいと、俺は歯を食いしばって懸命に耐えた。

 洗浄が終わると、日野はポケットからハンカチを取り出して、傷口に巻き付け軽く縛る。
「はい、これで良し。舐めちゃダメだよ」
 再び、抱き上げられ、彼女の腕に収まった。
「獣医さんに診てもらったら、今日は家においで……ずっとは飼えないけれど、ケガが治るぐらいまでなら大丈夫だと思うから」
 なんて、爆弾発言付きで。

 ――俺、お持ち帰り、決定。
 
 
 吾輩は猫である。名前は「ヒロ」
 不幸な偶然が重なって、日野香穂子に拾われた。

作品名:吾輩は猫である 作家名:紫焔