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いと

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 静かに、白龍が望美の目の前に現れた。青年の姿は、まるで大気から生まれ出でたように、ふわりとその場に姿を見せたのだ。
 血を流し、体を冷やしていく泰衡を抱きながら、望美は彼を見上げた。
「助けて、白龍……。この人を、救って」
 白龍は、痛みを堪えるかのような表情を見せる。神子、と力のない声で呼ばわってくる。
「私にも、それはできない。力を取り戻した今でも、それはできないよ、神子」
「どうして? 白龍は、神様なんでしょう?」
「死んだものを生き返らせるのは、理に反することだ、神子。だから、私にはできない。……命は巡る。泰衡の命も、龍脈を巡るんだよ」
 分かっている。死して簡単に生き返るものなら、誰もこれほど悲しくはない。分かっているのに、口をついて出たのは、自分を神子として信じてくれる、神を傷つける言葉だった。望美は、俯くように泰衡の顔を覗いた。
 閉じた瞳は、望美を見ない。彼は、いつもそうして、望美を見てはくれないのだから。
 ――最期に、ただ一度、この腕の中で死ぬのも悪くないと、そう言ってくれただけ。
 既に望美は、泰衡の目の前で、運命を変えるために必要とした逆鱗を、捨てていた。もう、必要のないものだと、そう信じたのに。
 逆鱗は、ない。
 思ったとき、顔を上げた。そして、そこにある、もう一つの――逆鱗を見つけた。それは、白龍の喉元にある。
 その刹那に、己の中を駆け巡ったものは、葛藤だった。あってはならない葛藤だったのだ。――その逆鱗があればまた、時空を巡ることができると思った。運命を変えることができると、そう思った。――でもできるわけがないと、理性が叫んだ。逆鱗を失った龍は、この世から消える。それは白龍の死を意味し、また、世界を流れる龍脈が滞ることを意味するのだから。
 理性の方が強かったのは間違いないと、望美は思いたかった。けれど、その瞬間、彼女の瞳に揺れたものを、白龍は決して見逃さなかったのだ。
 彼は、微笑んだ。
「神子、そうだ。そうだね。……私は、あなたの願いを、まだ叶えることが、できるんだね」
 止まっていた涙が、不意に溢れ出した。頭を振った。
 違う、と望美は言おうとした。しかし、言葉にはならなかった。たった今、あまりにも恐ろしいことを考えた自分が怖くて堪らなくなったのだ。
「良かった。神子が、悲しいままでは、私も悲しいから。でも、私はまだ、神子の涙を止めることが、できるんだ」
「は、くりゅう。違う、違うよ――私はそんなの、望んでない……」
 やめて、と喉の奥から零れる言葉は、はっきりとした形にならない。そうではないと、必死に紡いでいこうとするのに、しかし白龍は微笑んだまま、彼女の言葉など一切聞いていない。
 今まで見た、どんなときよりも、彼は嬉しそうで、望美は戦慄する。
「神子、あなたが望むことを、私は知っているよ」
 以前よりももっとずっと、はっきりと感じるのだと、白龍は微笑むのだ。その手を、己の胸元から少し上の辺りに触れさせて。
 望美は目を見開き、頭を振った。違う、違うよ、とそれまでに既に泣き腫らしていた目から涙を流して、否定しても、白龍はううん、とさらに否定してしまう。
「私は、あなたの願いを叶えたい。だから、神子、大丈夫だよ――」
 白龍の手は迷うこともなく、己の喉元に触れた。そこにある、一枚の鱗に指をかけた。
「あなたなら、また、この世界をあるべき姿に、戻してくれる……」
 笑みを浮かべたまま、そう告げた彼は、それを、ゆっくりと、外した。
「やめて――!!」
 叫び声は、鋭く高く天を衝いただろう。しかし、遅かった。
 光が溢れたと思うと、そこに青年の姿はなかった。そうして、望美の目の前に、白い鱗が再び、落ちてきた。
 ――二度目だ。
 幾度、時空や運命を巡ろうとも、まだたった一度しか見なかった光景があった。それは、白龍が逆鱗を失い消えていく瞬間。それを、もう一度目の当たりにした。
 茫然と、その場に座り込んだまま、望美は膝に抱える泰衡の体を、もう少し引き寄せる。
「……おねえちゃん?」
 幼い子は、まだそこにいて、望美の傍らまで近寄ってきた。振り向くと、少女は怯えたような顔をして、辺りを見回している。
 どうしたの、と声をかけようとして、しかし、彼女も気がついた。
 ――大気が、奇妙だ。それまでと、まるで違う。重く、圧し掛かるような、息苦しくなるような。
 龍脈が、滞り始めているのだ。
「怖い、よ」
 大丈夫だと言って、安心させてやることも、望美にはできなかった。
 その代わり、きつく握り締めた。――運命を変えるための、白き鱗を。
 望美はそうして、少女の頭をそっと撫ぜてから、目を閉じたままの泰衡のその唇に、己の唇を寄せた。僅かに血の味がしたけれど、その味を飲み込んで、望美は告げた。
「あなたを、救う――」



     ***

作品名:いと 作家名:川村菜桜