いと
しばらくして、薬師が父にその命に別状がないと告げるのを確認し、泰衡は銀とともに、御所を出ることにする。
ちょうどそこに、騒ぎを聞きつけたのか、九郎や弁慶、それに白龍の神子がやって来ていた。
「一体、何があったんだ?」
青褪めて訊ねてくる九郎に、奥へ行けば分かると告げた泰衡には、ここで真相を言う気など当然なく、父が口にした嘘を告げる時間も持っていない。父がくれた好機だ、屋敷の警護を堅くするよう、武士らに命じれば、その嘘もまた真実味を増すだろう。
九郎と弁慶が、急ぎ奥へ向かう中、しかし一人、そこに佇んでいるのは、やはり――白龍の神子だ。
思い立ち、銀に、武士たちに伽羅御所の警護を強固に手配するよう命じれば、彼は御意と頷き、神子に失礼します、と断ると、その場を去っていった。
その場に、泰衡は、神子と二人、相対す。
「あなたは、何を考えている? ――いや、一体何を知っている?」
率直に訊ねる。
その肩は僅かに揺れた。怯えているようだと思ったが、その目を見れば、そうでないことは明らかだ。まるで、射抜くように、まっすぐに泰衡に注がれる視線。
「たぶん、みんな知っています」
「ほう。……全てを、知っていると? 俺が何をしたのか、そして、何をしようとしているのかもか?」
はい、と少女は確かに頷いてみせる。その瞳に、嘘や偽りは見えてこない。
泰衡は、目をすがめていた。
「目的は、何だ? 父を継ぐ俺を、脅そうとでも?」
驚きに目を瞬き、不快そうに眉を寄せた彼女は、
「そんなんじゃない」
静かに、感情を抑えた声で告げてきた。
何故だろうか。その声が、彼の何かを打った。心を、感情を、揺するように。
「ただ、生きて欲しいだけ」
そう口にすると、彼女は唐突に視線を逸らし、彼の脇をすり抜けて、九郎らが去って行った方へと、足早に去っていった。
その背を見送るように見つめながら、泰衡はまた、分からない、と呟いた。
――生きて欲しい。
父に生きていて欲しかったのか。彼の人にその地位を捨てさせてまで、藤原秀衡の命を救おうとしたのか。
(分からぬ……)
何もかも知っていたのだと言う彼女が、いつも彼を鋭く見ていたのは、このためだったのか。彼が、父を殺そうとしたからなのか。
白龍の神子が父に恋情でも抱いているのかと思い、苦笑した。年が離れすぎている、そうではないだろう。……いや、分からぬことだが。
彼は理解できぬまま、何も察することもできぬまま、苛立ちを感じながら、御所を後にした。
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