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ベルゼブブ優一の幸せ

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しかし、それでも。
ベルゼブブも歩く足を速め、すぐにまた佐隈の隣に並ぶ。
「……ついてこないでください」
「家まで送ります」
低い声で言った佐隈に対し、ベルゼブブは強い口調で宣言した。
だが、佐隈は言い返してくる。
「送っていただかなくて結構です」
「あなたがいらないと言っても、私はあなたを家までお送りします」
「それはベルゼブブさんが魔界の紳士だからですか?」
「はい、そうです」
「それが理由なら」
ようやく佐隈がこちらを見た。
けれども、その眼は厳しい。
「私を放っておいてください……!」
キッとベルゼブブをにらんで告げると、佐隈は顔を背け、ふたたび進む先のほうを見た。
その歩く速度はいっそう速くなった。走っているのに近い。
自分から遠ざかろうとしている。
それを感じて、ベルゼブブはぼうぜんと立ち止まった。
どうして佐隈は怒っているのだろうか。それも、怒りの対象はどうやら自分であるらしいのだ。
なぜだ。
さっぱりわからない。
理不尽だと思う。
自分のなにがいけなかったのか。身に覚えがない。
なにか佐隈を怒らせるようなことをして、気づいていないのかもしれないが、それなら、どこが悪かったのかちゃんと言ってほしい。
理由がわからなければ、こちらとしては釈明も謝罪もできない。
それなのに怒りをぶつけてくるのは自分勝手だ。
自分は怒ってもいいはずだ。
いや、すでに怒っている。
勝手にすればいい。
お望みどおり、放っておいてやる。
そうベルゼブブは思った。
でも。
遠ざかっていく佐隈のうしろ姿を見る。
怒りのせいか強張っている背中。しかし、やはり、ベルゼブブと比べれば華奢な背中だ。
パーティーに参加するまえのことを思い出した。佐隈は落ち着かない様子だった。照れているようでもあった。その照れくさそうな笑顔に、なんとなくドキリとしたのを思い出した。
それから、それよりもずっとまえのことを思い出した。芥辺の事務所などであった、いろいろなこと。
ベルゼブブは手をぎゅっと拳に握った。
そして。
足を動かす。
佐隈のほうへと、動かす。
「待ちやがれ、この、ビチグソ女ァァァァーーーーーーーー!」
貴族然とした優美な容姿に似つかわしくない台詞を吐きながら、ベルゼブブは走る。
佐隈がぎょっとした様子で振り返った。だが、その顔はすぐにまえに向けられる。待つ気はないらしく、ベルゼブブに背を向けて走っている。
しかし、こちらも、あきらめる気はない。
逃がすものかァァッと、ベルゼブブは猛然と追いかける。
クリスマスのイルミネーションできらめく街の道を、ふたりで競争するように駆け抜けていく。
どんどん佐隈の背中が近くなる。
やがて、ベルゼブブは佐隈に追いついた。
けれども、立ち止まらず、佐隈の腕をしっかりつかむと、そのまま走り続ける。
「ベ、ベルゼブブさんっ、放してください!」
そう佐隈に言われたが、もちろん、ベルゼブブには放す気はまったくない。
佐隈の腕を引っ張って走る。
しばらくして、自分たちふたり以外だれもいない、人目につかない場所まで行った。
ここなら大丈夫だろう。
そう判断すると、ベルゼブブは急ブレーキをかけ立ち止まる。
さらに、ボンッと人間に見える姿から本来の姿にもどった。
佐隈は戸惑っている。
ちょうどいい。
隙をつくように、ベルゼブブは佐隈を抱きあげる。
佐隈は驚き、声をあげた。
それにはかまわず、背中の羽根を動かす。
足の裏が地上から離れた。
浮かびあがる。
夜空へと、飛ぶ。
作品名:ベルゼブブ優一の幸せ 作家名:hujio