ベルゼブブ優一の幸せ
佐隈を腕に抱いてだが、なんの問題もない。佐隈ぐらいなら楽勝だ。
ベルゼブブは高層ビルを見下ろせる高さに達すると、上昇するのをやめた。
それから、口を開く。
「さくまさん、放してほしいですか?」
余裕たっぷりの調子で、たずねた。
もし、今、ベルゼブブが佐隈を放せば、飛べない佐隈は地上へと落ちていくしかない。命の危機だ。
「……そんなわけないじゃないですか」
苦々しげな声で佐隈は返事をした。
「聞かなくてもわかることをわざわざ聞くなんて、性格悪いですよ」
「私は悪魔ですからねえ」
にやりとベルゼブブは笑う。
優位に立ち、得意な気分である。
とはいえ、あたりまえのことだが、たとえ佐隈が放してくれと言ったとしても放す気はない。
ベルゼブブは万が一にも佐隈を落とすことがないようにしっかりと腕に抱いて夜空を飛び続ける。
足の下には地上の夜景が広がっている。
人工の光が、色とりどりの宝石のように輝いていて美しい。
「さくまさん」
落ち着いた声でベルゼブブは呼びかけた。
「どうしてあなたが怒っているのか、理由を教えてください」
「……」
「もしも私がなにか悪いことをしてしまったのなら、謝りたいんです」
「……ベルゼブブさんは、なにも悪いことなんか」
「でも、あなたは私に対して怒っているでしょう?」
「そういうことじゃないです」
「じゃあ、どういうことなんでしょうか?」
「それは……」
佐隈は言いよどんでいる。話したくないことらしい。
だが、ベルゼブブは黙って、続きを待つ。
しばらくして、佐隈が根負けしたように話し始めた。
「……あのパーティで、ベルゼブブさん、モテモテだったじゃないですか」
「ああ、たしかに、そうですね」
パーティー会場に入ってすぐにベルゼブブは周囲の視線を集め、出席者の女性の中には眼が離せないといった様子の者もいた。
そして、気がつけばベルゼブブの近くには女性が多くいた。
「あっさり認めるんですね」
「はい、事実ですから」
いえいえそんなことは、と日本人のように謙遜すれば良かったのだろうかとベルゼブブは思った。
しかし、否定するのは事実に反するし、正直、どこかの場でモテモテ状態になるのはよくあることなので、そのたびに否定するのは面倒なのだ。
「それで、それがどうかしたんですか?」
「……見ていて、ムカついたんです」
「私がモテモテだったのを見ていてムカついた……?」
「あのターゲットの女の人も、ベルゼブブさんに声をかけられて嬉しそうにしていたし、ふたりきりで話しているときは親密な感じだったじゃないですか」
「そのお陰でグリモアのことを聞き出せたでしょう?」
「でも、必要以上にベタベタしてるように見えました」
「そうですか?」
「そうです!」
小首をかしげるベルゼブブに対し、佐隈は押しきるように強い調子で言った。
佐隈は続ける。
「それに、ベルゼブブさんはああいう場所に慣れているように見えました」
ああいう場所というのは、紳士淑女のつどうパーティーのことだろうか。
「テーブルマナーとか、あそこにいた人たちとのやりとりとか、洗練されてるように見えて、そういえば、ベルゼブブさんは魔界の貴族だって言ってたなって、お城に住んでるんだったなって、思い出したんです」
「それがいったい……?」
「ベルゼブブさんは、本当はあちら側のひとなんだって、思ったんです」
そう言うと、佐隈は黙った。
これ以上は話す気はないようだ。
ベルゼブブは佐隈から聞いたことを頭の中で整理し、どういうことなのか考える。
やがて、結論を出す。
「……もしかして、嫉妬ですか?」
「違います!!」
「じゃあ、どういうことなんでしょう?」
「……」
「さくまさん?」
「……だから、聞かなくてもわかることをわざわざ聞くなんて、性格悪いですっ!」
いや、聞かなくてもわかることではありませんでした。
そうベルゼブブは言い返そうとして、やめた。
どうやら理由は嫉妬で正解だったらしい。だが、ハッキリ聞かれると、照れくさいのか、条件反射的に否定せずにはいられなかったようだ。
それがわかったので、いい。
作品名:ベルゼブブ優一の幸せ 作家名:hujio