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サイケデリックドリームス

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それから、どうアパートまで帰って来たのかは良く覚えていない。
ああ終わったんだという言葉だけが耳の奥でガンガン響いていたから他の音全てが遠くに感じられて、これが本当に現実なのかと錯覚する程だった。

(……もうやだ)

分かっていたはずのこの展開。
それでも、覚悟していたというのに結局僕はその結末を受け止め切れないでいた。
込み上げる感情は何度飲み下したって消えてくれやしない。

「……っ、ふ…」

電気も点けずに暗い部屋の中、膝を抱え込んで泣いた。
なんだか僕だけ置いてけぼりにされたような、世界でただ独りきりになってしまったような、虚しさで心がぽっかりと宙に浮いていた。
それだけ彼を想ってしまったのだと、今更ながら改めて思い知らされる。

そうしてひとしきり泣いて、なんだか泣くのすら馬鹿らしく思えて溜め息を吐いたら、次に襲って来たのは強烈な睡魔。
泣き疲れてしまった僕は精神的にも疲弊していたせいか、そのまますんなりと睡魔に身を任せる事にしたのだった。

 明日には、もう少しマシな気分になっていると信じて。






次に意識が浮上してきた時、僕は奇妙な苦しさに襲われていた。
暑苦しいと言うか、圧迫されて苦しいと言うか。
金縛りかとも思ったけれど、試しに動かしてみた指先はすんなりと動いてくれるしどうやらそれとは違うらしい。

(…何だろう、昨日は畳の上でそのまま寝ちゃったハズだから布団とかでもないし…)

少々恐怖はあったものの好奇心の方が大きくて、怖々ながら目を開けてみる。
そして視界に飛び込んで来たのは、

(……えっ…?)

とても見覚えのある顔だった。

しかも、それは昨日最低な形で見る事になった綺麗な顔。

「臨、也…さん?」

認識した瞬間に僕の心はドクリと脈打って、同時に変な汗が背筋を伝う。

どうして、どうしてこの人が。

そう思ったけれどよくよく見てみると何だか違和感があって、今隣に居て僕に抱き付きながら寝息を立てる人物が臨也さんだとは確信を持てずに居た。

(あ、服が…色が違うんだ……)

第一昨日の今日であの人が僕の部屋に居る訳が無い。
それに顔は臨也さんそっくりなのに今彼が身に纏っている服は白、あと、耳にヘッドフォン。
……本当に違和感だらけだ。
それでも僕が反射的に逃げようとしないのは、やっぱり顔が良く知っている人と同じだからだろう、・・か。

(にしても誰なんだろう、この人…)

もやもや考えていたら、その謎の男がもそりと身体を動かした。

「…んー…。あ、起きたんだ…帝人君……」

「い、臨也さん、なんですか?」

この人は臨也さんとは別人なのかもしれない、そう思ってはいるのに声までがそっくりで僕の身体はぎくりと強張った。
だけど目の前の人物はそんな僕の身体を優しく抱き締め直して、にっこりと笑って首を横に振って見せた。

「違うよ、僕は臨也君じゃ無い。驚かせてごめんね?」

「え、…ええ?じゃあ貴方は一体…それにどうして僕の部屋に居るんでしょうか…」

別人だと知って安堵していいものかは微妙な所だ。
だってこれは所謂不法侵入というやつで、という事は今僕は見知らぬ不法侵入者に抱き締められたまま眠っていたという事になる。

「あ、強盗とかそういうのでも無いからね。俺は…そうだなー、特に名前も無いんだけど…サイケデリックドリームスとでも名乗っておこうかな。サイケって呼んで☆」

「はぁ…サイケ、さん」

「わあい!帝人君に名前、呼んで貰えた!」

そう言ってはしゃぐ彼は嬉しそうに僕に擦り寄ってぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
その仕草があまりにも子供っぽくて、うん、容姿はそっくりであるものの臨也さんとは確実に別人だ。
出来れば心の整理が付いていない今見たくは無かった彼に似た姿、…のはずなのに。
彼の雰囲気がその纏う色、白のように無邪気で、臨也さんとは幸いそこまで重なる事は無かった。
だからこそ、僕は彼を突き放せずに居るのだ。

「……で、貴方は何者なんです」

元々あまり動く気力のなかった僕は彼にされるがまま、取り敢えずこのおかしな現状を確認しようとサイケさんに色々質問してみる事に決めた。
どうやら彼は僕が興味を持っているのが嬉しいらしく、上機嫌に寝転びながら答えてくれた。

「俺は夢だよ、君の夢。おかしな夢の塊。まぁ現実味の無い話なんだけど…信じてくれる?」

「……当の本人がそう答えているので、一応は信じますけど」

「なら良かった!俺はね、君の中で溜まっていた恋に鬱屈した想いが内包されて実体を持ったものなんだ。君は折原臨也という男に恋をしていて、でもその想いは君を苦しめるだけで終わってしまった。その苦しみがどんどん塊になって、俺になった」

「……」

つまりは、僕の醜い心の塊が彼、という事になるのだろうか。
サイケさんが臨也さんに似ているのも、僕がやっぱりまだ彼の事が好きだから……

「あぁ、君にそんな顔させたかった訳じゃないんだ。だから泣きそうな顔、しないでよ…俺まで悲しくなっちゃう」

そう言ってサイケさんはこつんと、自分のおでこと僕のおでこをくっつけた。
頬を包む手がひんやりとしていて、心がスッと落ち着いていくようだ。

「言っておくけど、俺が君から生まれたとは言え君の意識と俺の意識は別物。だから君が自分で自分を慰めてるとか、そういうのとも違うからね」

「そう、なんですか?」

「うん、これは俺の意思。俺が、君を癒したいんだ」

今まで一緒に横になっていたサイケさんが身を起こし、のそりとその身で僕の上に覆い被さってくる。
不思議と怖いとは思わなかった。
ただ包み込むようなその優しさは、何も縋るものの無かった今の僕が求めて止まなかったものだったから。

「ねぇ…君を、愛させて」

「サイケさん…」

「君に、俺の愛をあげる。だから俺に…君を、頂戴」

そんな彼の誘惑はじわりじわりと僕の中に浸透していって、これが非現実的な現象である事すら意識しないままに、僕の頭は勝手にこくりと頷いてしまっていたのだった。




「じゃあじゃあっ、今日から一緒に俺もここに住むからね!」

「あ、えっと…」

「生活費とかは大丈夫だよー、俺ご飯とか要らないし。帝人君が学校に行ってる間は大人しく留守番してまーす」

早速有言実行と言わんばかりにサイケさんは起き上がった僕に引っ付いたまま、今後の事を楽しそうに話す。
外は既に明るい。
鳥の鳴き声も聞こえる。

(夢じゃ…ないんだ、って言うかこの人自体が夢? うーん、複雑だなぁ…)

そう思いながらも僕の内心は案外この状況を喜んでいたりする。
独りで居ると嫌な事を思い出してしまうけれど、彼が一緒に居る事でその頻度は少なくなっている。
それに彼が僕から生まれたというのであれば、必要があれば彼に甘える事だって出来る。
今の自分が平常心を保つためには、なんだって利用する必要があったのだ。

「あ、帝人君服昨日のままだし着替えしなきゃね。何なら俺が手伝って……」

「うわああっ、さ、流石にそこまではいいですっ!自分でやりますから!」

「えー、残念。折角俺も実体持ったんだからもっと帝人君の事知りたいのにー」