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サイケデリックドリームス

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「……なに、どういう事」

一方的に切られた電話は、それ以降うんともすんとも言わなくなっていた。何度掛け直したって流れてくるのは電源が入っていないとの無機質なメッセージ。
そして、

(…あれは、誰の声だった…?)



俺は、人間を愛している。
その愛は理不尽な程に重く、大きくて、この世に蔓延る全てのヒトという種に対して向けられていた。
重要なのはそれが個人に対する愛では無いという事。
俺の興味を満たしてくれる人間はいくらでもいるから、特別個人に対して愛を注ぐ必要など無かったのだ。
だからあれも、一つの観察。
俺に好意の眼差しを向けてくる少年が面白くて、だから付き合おうかと持ち掛けた。


帝人君は俺の予想通り、いやそれ以上に俺を楽しませた。
そう、面白かった。
ぬるま湯のような関係が結構心地良くて、なかなかに快適な時間だった。
帝人君のくるくる変わる表情は分かりやすいようで、でもその実もっと奥に秘めている感情がある事に気付いたし、平凡そうでいて誰よりも非日常を愛する彼は、常に目を輝かせて俺の話を聞いていた。
そして、彼は最初から最後まで自分が俺の観察対象であるという事も、しっかりと忘れずにいたのだ。
彼との付き合いは本当の恋人同士のように、甘く甘く振る舞った。
そうすれば恐らく彼はこれが偽物から本物の愛になったのだと錯覚して、別れを告げた時にはより一層面白い表情を見せてくれるのではないかと思っていた。

(…でも、帝人君は最初から終わる事を覚悟していたんだよね)

それが分かっていて俺と恋人になる事を了承した彼は、一体何を思っていたのだろう。
そんな考えに至った時、俺は初めて竜ヶ峰帝人という少年に恐怖を覚えていたのだ。
彼の愛はもしかしたら俺が考えていたよりもずっとずっと深かったのかもしれない。
深みに嵌ってしまったら、戻って来れないくらいにずっと。
それに気付いてしまったから、ここらが潮時だと彼を手放した。
重過ぎる、そういう意味での愛は正直好きじゃない。
わざわざ自分で自分を苦しめるような感情を抱くだなんて、なんて滑稽なんだろう。

だから俺は戻って来た。
……戻って、来たのだ。

「…なんて、馬っ鹿みたい」

なのに結局、戻って来たと言いながら俺はこうして帝人君の存在を意識するハメに陥っている。
本来ならば観察対象のその後の経過なんて気にする必要も無いのだ。
普段であれば興味を失った人間はその時点で記憶から綺麗さっぱり消えてしまうから。
けれど彼の、別れた時の最後の表情が脳裏に焼き付いたまま離れない。
涙を堪えた表情が滑稽で、軽く笑い飛ばしたつもりだったのに、その反面何故かズキンと心臓が痛みを訴えた。
そうして彼の存在はその後も俺の心に居座り続けるものだからどうにも居心地が悪くて落ち着かなかった。
俺の彼への興味は確かに尽きたはずだ。
彼の行動、言動、全てを見つくして、これ以上あの子に何を期待しろというのだろう。

「…クソッ」

あの少年との会話を遮るように割り入ってきた第三者の声が耳の奥で繰り返される。
今この遅い時間、彼は一体誰と一緒に居るというのだ。

(…で、俺はどうしてそんな事気にしなくちゃいけないんだ…)

自分自身で制御出来ない、正体不明の感情が忌々しくてデスクを殴りつけた。
左手が、じんと痛む。
あの子の多彩な表情を、今度は誰が楽しんでいるのだろう。
それを考えただけでぎりぎりと胸が軋む。
飽きたと口で言いながら、詰まる所俺はただ怖かったのだ。
彼が、帝人君が抱える愛に触れるのが、怖かったのだ。

(…畜生…)

どうしてもその事実を認めたくなくて逃げてきたというのに、今彼がどうしているのか気になって気になって我慢出来ずに掛けてしまった電話一本でそれに気付かされるハメになるなんて!




翌日。
俺は帝人君のアパートの前に立っていた。
自分でも何がしたいのかなんてよく分からなかったけれど、それでも今どうしても彼に会わなければいけないような気がしたのだから仕方が無いだろう。

(…あれから結局一度も携帯は繋がらなかった。まぁあんな事言ったし当たり前なんだろうけど…。でも第三者の影がちらついただけで一気に不安になるなんて、正直馬鹿げてる)

そう言い訳した所で自制など出来なかった。
帝人君への興味はもしかしたら最初から尽きてなどいなかったのかもしれない。
ただ、尽きたものだと思い込んで…いや、思い込もうとしていたのだろう。
複雑怪奇な感情は俺の知らないところで成長してしまって、気付いた頃にはもう手遅れだった。

「…まぁ、取り敢えず帝人君に会ってみない事にはどうにもならない、か」

そっと部屋のドアノブに手を掛け、ひねる。
鍵は掛けられているだろうとの予測に反して、ドアノブはすんなりと回転した。

(空いてる…? 不用心だなぁ)

それでもドアを閉め直すでもなく開けて、そして、


「……………み、かど…くん…」


 飛び込んで来た光景に、一瞬思考停止。


薄暗い部屋の中、眠っている帝人君を大事そうに、しかし拘束するように抱き締めているのは――

「……誰だよ、お前」

「何言ってるの。俺は、君、だよ?」

白い、白い、俺の顔をした、誰か。
腕の中に居る帝人君の頬を愛しそうに撫で、鬱蒼と笑って見せた。

「馬鹿言うなよ…。帝人君、起きて。ねぇ、色々と確かめたい事が出来たんだ……帝人、君?」

大声で眠る彼に呼び掛けてみたけれど、帝人君はぴくりとも動かない。
それほどぐっすり眠っているのかとも思いかけたけれど、何かが違う。

―――違和感。

「……おい、お前。その子に何をした」

「フフッ、アハハハ! もう遅いよ、帝人君は俺のものだからねっ! だからもう二度と目覚めない、それだけさ」

「はぁ?」

突然笑い声を上げた不審者に向けて思いっ切り機嫌悪く聞き返す。
誰が、誰の、ものだって…?

「…て言うかさ、臨也君は帝人君に飽きちゃったんだよね? 悪意をもって傷付けて、楽しんでただけなんだよね? なのにどうして今更そんな顔するの。……すごく不愉快だよ」

そう一気に言い切ると、奴もその俺の顔で、俺と同じく不快感を顕わにする表情でこちらを睨みつけていた。
ぎり、と唇を噛む。
苛立ちと共に襲い来るのは悔しさで、あいつの言っている事は、ほぼ正しかったからだ。
あぁそうさ、俺が愛しているのは【人間】で、個人じゃぁない。
誰か一人にのめり込んで有り得ない、そんな事で俺が平常心を失うハズが無かったのだ。

(…だから、帝人君と話すときは余計に『いつもの俺』を意識していて、澱み無く彼を傷付けた)

意識している事を認めたくなかった。
その感情が何なのか、知りたくも無かった。

「……帝人君に、何したんだよ」

握りこんだ拳はそれ以上己を誤魔化せないのだと、後戻り出来なくなるのだと訴える。
それでも、込み上げてくる激情は押さえ込むことが出来なかった。

「…フン、別に。特に何かをした訳じゃない。ただ…ただ、帝人君が寂しそうだったから、俺が傍に居て守ってあげるんだ、ずっと。夢の中なら、帝人君を傷付ける君も居ないしね」

「だから、眠らせたのか」