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サイケデリックドリームス

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「帝人君は、俺のだから」

「…返せ」

「嫌だ」

「返せ!」

「だってもう、臨也君のじゃないでしょ」

「……ッ!」

俺の顔をした男が、愛しそうに帝人君を抱え直してその額にキスを落とす。
全身がぶるぶる震えて、口がからっからに乾いていた。
それは、紛れも無く、嫉妬と言う感情。

(あぁそうか、俺は、…既に彼個人を愛してしまっていたのか…)

それは折原臨也という男の歪んだ信念を根底から覆してしまう結論だった。
本当は、一番辿り着いてはいけない、ずっと避け続けていた答えだった。

「その子を…帝人君を、返してくれ…!」

動けなかった足で弾かれたように土足のまま部屋に上がり込み、気付けば白い男の胸倉を掴んで叫んでいた。
彼は一度だけ俺の目を真正面から捉えて、そして、すぐに溜め息を吐いた。

「あーあ…気付いちゃったかぁ…」

その声は努めて軽いトーンではあったけれど、確かにそこには本気の感情が混ざっていた。
一気に張り詰めていた空気を解いたそいつに拍子抜けしてしまって、俺も掴んだ服を手離していた。

「…帝人君ね、ずっとずっと苦しそうだったんだよ。君と付き合ってる時も、いつもいつもなんでも無い事のように振る舞ってたけれど、内心いつ終わりが来るのか怖がってたんだ。臨也君が酷い言葉を吐く度、泣きそうになるのを我慢してたんだ。君だって気付いてたんだろ?いや、気付いて無いハズが無いんだ」

「お前……、本当に何者なんだ」

その男が帝人君を見る目は、本当に彼を心配していて、守ろうとして、必死だった。
俺が知らないはずのその感情、いや知ろうとしなかった、帝人君を愛しむ想い。

「…言っただろ、俺は君だって。帝人君には警戒させないように『君の想いが実体化したんだよ』なんて言ったけど。本当は、俺は君の夢だ」

「…俺の、夢?」

「そ。君自身に気付かれなかった帝人君への想いが俺になった。つまり臨也君の恋心の塊イコール俺って事」

「………」

「あ、ちょっと変な顔しないでよね。…君は帝人君に惹かれてた事をずっと認めようとしなかっただろ。認めようとしていない事にすら、気付いていなかっただろ。俺はそんな、君自身にすら忘れ去られた君の想いだ」

「…どうにも信じ難いけどな」

つまりは俺自身の感情が文字通り一人歩きして帝人君の元へやってきた、という事になるのだろうか。
帝人君を傷付ける事を楽しんでいた中で、その実俺は彼を守りたいと…そう、思っていたのか?
だと言うのにその内心にすら目を向けずにいた結果がこれか。

「そんな訳だから別に俺が帝人君と一緒に居たところで臨也君が気に病む必要なんて無いんだよ。俺は君なんだから」

「それとこれとは話が別だ。…さっさと帝人君を元に戻せ」

何となく鼻に付く言い方に苛立ってその身体を蹴飛ばそうとしたものの、軽々と避けられてしまって足は空を切った。
どうやら相手は身のこなしも軽いらしい。
そんな自分の特性までそっくりなのかと思うと、ぞっとするのを通り越してなんだか脱力してしまう。
俺自身感情のコントロールは得意な方だと思っていたのだが、こうやって振り回されている所を見るとどうやらそうでも無かったらしい。

「…ま、多分その内目覚めるんじゃないかな。君が自分の感情を自覚した以上俺も消えなきゃいけないし」

ぽつりと男が漏らした言葉には寂しそうな響きが混じっていた。

―――彼は、俺であると言った。

けれど、もしかしたらそれ以上に、彼は彼自身で帝人君を愛したのかもしれない。
だからと言って、同情するつもりなど更々無いのだけれど。

「…そう、じゃあさっさと消えてくれ」

「残念だなぁ、君がこのままずーっと気付かないで居てくれれば帝人君は俺のものになったのに。………残念、だなぁ…」

彼は俺の辛辣な言葉なんて気にも留めないで帝人君の頬をそっと撫でる。
そこに内包されているのは確かな帝人君への想いで、俺にずっと欠けていたものは、きっとそこにあるのかもしれない。
気付く事の出来なかった俺自身の想い。
それが己に帰って来た時が、きっと折原臨也という人間の本当の終わりになるのだろう。
そして、新しい始まりになるのだろう。

「臨也君は、帝人君を愛したいと思う…?」

「…最初は正直複雑だったさ。でも、帝人君が居ない事がこんなに苦しい事だったなんて、知らなかったんだよ。……腹は、括ってあるさ」

「そっか。……そっかぁー…」

男は残念そうに笑って、そして諦めたように呟いた。