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『ごめんなさい。これが最後の愛し方だったから』

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「そんなことで貴女が心を痛めていらっしゃるのは、私としても心苦しい限りです。貴女は、とても優しい。救いようがないぐらいに。もっと貴女は、自分の事を認めてあげてください。それが出来ないというのなら、僭越ながらこの咲夜が、貴女のことを認めて差し上げます」
 咲夜はフランを肯定する。その優しさを、その痛みを、孤独を理解することが出来たから。
「うん、ありがとう。嬉しいわ、泣いちゃいそう」
 切なげに微笑むフラン。本当に嬉しかった。
 だけど、言わないで。それ以上、言っちゃ駄目。
 フランは額に汗を滲ませていた。自分の中で再び鎌首をもたげて主張する感情を抑えつける。やめて、そんなこと言わないで。そんなことを言われたら、そんな顔で微笑まれたら。この感情を、抑えることが出来なくなってしまう。
 血を求めて、その存在を主張する牙。ワインを流し込むことによってなだめる。
 肉を欲して、鋭く伸びた五指の爪。パンを引き裂き切り刻む。
 フランはずっと咲夜の横顔を眺めていた。咲夜は本当に月が似合う。
 緋色月下、蒼白い咲夜の肌がよりいっそう強調される。
 こうして、肩を並べて寄り添えるだけでフランは幸せだった。
 だが、この感情をどう、壊したらいいのだろう。
 この身に刻まれた狂気が満ちていく。どうすれば止まるの?
 愛が溢れていく。この衝動を殺してよ。
 白き肌照らすのは緋色月綺麗な夜。明けるなら染めるまで。
 口の中で犬歯が疼く。唾液の分泌が盛んに行われる。喉が鳴る。
 思い出が舞う。咲夜と過ごした在りし日々。
 フランは、決めた。
 この美しい緋色月下を、咲夜の血で彩ることを。
 あなたのその全てが欲しくて。欲しくて震えている。
 甘美なその鼓動を穿ち尽くして止めようか。
 その肌を汚し尽くして。辱めるのは私だけ。
 愛で撫でて貪らせて。この衝動を殺してよ。
 ごめんなさいこれが。最後の愛し方だったから。
 ずっと私の側に。
 あなたと生きたいの――。
 フランは咲夜の肩に手をかけ、そのまま押し倒した。
「きゃっ! フランお嬢様! お戯れを……」
 その時、咲夜は初めてフランの様子がおかしいことに気がついた。
 まるで熱に浮かされたような眼で咲夜を見詰める。吐く息は荒い。まるで獲物を目の前にした野獣のよう。時を止めてその拘束から逃れようと、咲夜は能力を行使するが。
(……何で?!)
 咲夜は眼を見開く。
 時空が完全に固着していた。時間に介入できない。時を操る事ができない。
 この瞬間、咲夜は完全に無力な人の子だった。
 魔方陣の発する光に照らされて、フランは口が裂けんばかりの笑みを浮かべた。
 パチュリーが研究していた『聖域』の呪式。フランはそれを完全に再現して見せた。
 久々に見た咲夜の、人の子の恐れ。それがもう、堪らない!
 フランは全身に走る甘美な疼きに膝を折りそうになった。
 嗚呼、芳しい! 咲夜の胸に顔を埋めて、その香りを肺いっぱいに味わう。
 こうやって咲夜を抱きしめているだけで、絶頂の波が絶え間なく押し寄せてくる。
 まだ牙も立てていないのに! この太陽を忘れた白い首筋に牙を突き立て、甘美なる蜜を味わったら私はどうなってしまうのだろう。フランにとって、それは恐れではなく、変容への期待だった。
 フランは何も持ってはいなかった。何も求めようとしなかったから。
 こんな気持ちになるのは初めてなのだ。こんなにも咲夜が欲しいと想うのは!
 この肌を隈無く穢し尽くし、己が五指で蹂躙したい。
 フランの中の妖怪の本能が、吸血鬼の性が、理性の鎖から解き放たれようとしていた。
 嬉しい。とても嬉しいはずなのに。
 どうして、涙が止まらないのだろう。
 そうだ、フランは十年もお預けを喰らっていたのだ。昔からとても美味しそうだった肉体が、究極の形に成長して今眼前にあるのだ。しかも、獲物は何ら抵抗する術を持ち得ない、ただの無力な人間。そう、人間は本来、妖怪の食料でしかないのだ。咲夜と会う前のフランはそう信じて疑わなかったはず。なら、何故、今更!
 口を開け、舌を垂らし、獣の様に荒い息を吐くフラン。
 しかし、咲夜はその姿になんら恐怖を覚えることはなかった。
 ただ、戸惑いがあっただけだ。フランは咲夜を壊さんばかりに固く抱きしめているのに。
 何時までもその爪を、牙を、咲夜の脆弱な肉体に突き立てようとはしない。
「……お嬢、様?」
 フランの中では様々な感情と本能がせめぎ合っていた。
 生まれて初めてできた、自分を肯定してくれる友達。
 自分の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれて、大人びているのに、とても小さくて可愛らしかった少女。まるで妹みたいで、娘みたいで。もう、顔も思い出せない母親のように優しくて。
 脳裏で思い出が咲き乱れる。何度も何度も。止まらないリフレイン。
 感情は必死に肉体を縛り付ける。
 ――だけど、もう。この想いは止めることができなくて。
 其ノ生がお前ならば、喰らい尽くして血肉にす。
「――っ?!」
 フランは咲夜の唇を奪った。暴力的に舌を絡めて、咲夜の唾液を味わう。
 甘い疼きに喜悦を覚え。目蓋から溢れる紅はさらにその量を増していく。
 逃れようと蠢く咲夜の舌を捕まえて、強引に唾液を奪い去っていく。
 咲夜の口内を隙間無く舐り尽くす。フランが初めて咲夜に対する想いを打ち明けた。
 暴力的な愛の告白だった。
 舌が、甘露に痺れる。止めどなく押し寄せてくる絶頂の波に酔いしれながら、名残を惜しんで口を離した。透明な糸が二人の間に渡される。
 とろん、とした眼でフランを見詰める咲夜。
 疑問符が飛び交っていた。これで終わり……?
 咲夜は自分が無意識に事の続きを求めていることに戸惑った。
 だが、フランは寂しげに微笑んだまま、消え入りそうな声で呟いた。
「――これだけでいいや」
 なんて、物悲しい笑顔なんだろう。
 どくん、咲夜の心臓が跳ねる。その一瞬で、咲夜は永遠に抜け出すことのできない牢獄の様な、一縷の救いも無い『恋』に堕ちてしまった。
 フランが初めてその身に宿る狂気に打ち克った瞬間だった。
 だが、咲夜はフランが想いもしなかった行動を取った。
 ――咲夜は、愛おしげにフランを見詰めたまま、銀のナイフを抜いた。
「フラン、お嬢様――」
 咲夜はゆっくりとその名を呟く。
 この二人きりの『聖域』の中。
 時が止まったかのように、緩慢に流れていく。
 咲夜はまるで誓いを立てるように、二人の間にナイフを掲げる。
 一点の曇りもない銀のナイフの両面に、二人の顔が映し出される。
「私は、貴女を愛しています」
 愛の告白。ずっと欲しかった言葉に、フランは眼を限界まで見開く。


 ――咲夜は、銀のナイフを自らの心臓へと突き立てた。


(――え?)
 フランは目の前で発生した事象を上手く認識できずにいた。
 神クラスに難しい術式を並列演算したときよりの何十倍も理解に困窮を極める。
 咲夜の肉体が、力なく崩れ落ちる。
 フランの喉が、脊髄反射を起こして悲鳴を上げる。
「――咲夜ぁぁぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁ゛ぁ゛ぁぁ――!」
 フランは咲夜を抱きかかえる。