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『ごめんなさい。これが最後の愛し方だったから』

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 それは自分の気持ちを偽るため、完璧な従者を装うための言い訳ではないのか。
 吸血鬼に仕えるモノとして、私情は極力持たず、主人の命令に忠実で、あくまで幽雅に瀟洒に。それが、咲夜が自らに課していた理想像だった。
 それが、フランの想いを蔑ろにしていたのだ。
 口の中に広がった後悔の味。それが瞬時にして、鉄錆の味に変わる。
 肉体の限界を超えて呪式を発動していた代償が、じわじわと咲夜の身体を蝕む。
 吐血を押さえる左手には、無数の傷跡が刻まれていた。咲夜が演算をミスするたびに、呪式が反転して彼女を拒絶する。地面に突き刺さったナイフが光を増す。咲夜は魔力を殺到させて、力ずくで抵抗を押さえつける。痛む腕を翳し、必死に呪詛を呟く。
 何度も、何度も咲夜は呪式に挑む。
 ――いつか見せた、フランの笑顔が脳裏によぎる。
 それは雲一つ無い青空のように澄み切っていて、同時に今にも消え入ってしまいそうな程儚げで、物悲しかった。
「フランお嬢様ぁ゛ぁぁ゛ぁぁ゛ぁ〜!」


 次にフランが顔を上げたとき、彼女の肉体は拘束されていた。
「……」
 茫洋とした虚ろな目でその光景を見詰めるフラン。
 ファイがそこにいた。絶対の闇の中。
 光は粒子の存在すら許されないような、そんな暗闇の中。
 なのに、ファイの顔はよく見える。
 ――どうして、貴女はそんなに悲しそうな貌をしているの?
 フランは十字架に貼り付けにされていた。巨大な、巨大な。
 まるで吸血鬼の宿業を体現しているかのような。
 その戒めにはいかなる破壊の力も効果は無かった。
 どうやっても、その構造を演算できない。
 そもそも、最初から存在しないモノだと認識してしまう。
 狂っている。何もかもが。
 血に染まった目には何も映らないのに、フランはファイが先ほどの十字剣を自分に突き付けていることがよく解った。
 何となく理解した。このままあの剣で胸を穿たれれば、自分は死ぬのだと。
 あらゆる理屈はもはや通用しないのだと。
(いいよ)
 フランは力なく呟く。断罪者の存在が今では救いだった。孤独に身を苛まれて生きるのはもう疲れた。私にこの十字架は重すぎたんだ。破壊の力という宿業は。
 ファイはフランに「本当にもう良いの?」と言いたげな視線を送った。
 フランはそれに肯く。さらば今更、形だけの許しは恋わない。
 ファイは掲げた鋒をフランの胸に埋めるべく腕を引く。
 フランはそれでも、狂ったように歌い続けた。
 まるで壊れたオルゴールのように。
「N'ak Kode Tihs Ot Tuyg(ぎゅっとしてドカーン)」
 とりとめもない言葉を、ローマ字にばらして逆読みする。
「Uk Oyr'o Non Odi Et Ur Us la Kah(破壊する程度の能力)」
 刃は加速する。
「Ow O Nom Ur Uyar A Ot lra(ありとあらゆるものを)」
 もはや誰に求める事はできない。
 もはや誰にも止める事はできない。
 最期に浮かんだのは誰の顔か。
 Grip & Breakdown!!
「きゅっとしてドカーン」
 ――さぁ、私を破壊しろ。


「フランお嬢様――!」
 その時、幻聴がフランの耳を打った。
 ――時が止まる。
 空間を埋め尽くして居た暗闇が弾け飛ぶ。
 フランを拘束していた十字架が音を立てて崩れ落ちる。
 視界が晴れる。フランは紅にぼやけた瞳でその人間の貌を見る。
「咲夜――!」
 自分はもう完膚無きまでに壊れてしまったのか。
 幻想ではないのか。今際の際に見た妄想ではないのか。
「どうしたのですか、お嬢様。怖い夢でも見たのですか。咲夜は『ここ』に居ますよ。もう何処にも行ったりしませんから」
 本物だった。咲夜の感触。咲夜の温もり。咲夜の匂い。何度も咲夜の名を呼んだ。
 フランは咲夜の胸に顔を埋めて、もはや恥も外聞もなく泣き喚いた。止めどなくあふれ出す涙は優しく、咲夜のメイド服を紅く染めていく。
 嬉しくて啼いたのは人生初めてだった。違和感に顔を上げると、そこは495年間見慣れた自分の部屋の中だった。ファイの姿は何処にもなかった。
 咲夜の身体は傷ついていた。そして、咲夜は泣いていたんだ。
 理由はよく解らない。もしかしたら、また自分は無意識のうちに咲夜を傷つけてしまっていたのか。そう考えると申し訳なくてたまらない気持ちになる。
「……」
 フランは手に杖を召還してそれを振るう。
 簡易治癒魔法を発動させる。咲夜の外傷が見る間に消えていく。
「お上手、ですのね……」
 咲夜は慈母のようにフランに微笑みかけた。なんて優しい娘なんだろうと。
 フランは、今まで自分が何をしていたのか、薄もやの掛かった頭を働かせて考える。
『本当に大切なものはその手に握ったまま放しちゃ駄目。遠ざけて置いたら、いつか見失ってしまうから』
「――ッ?!」
 今、幻聴が聞こえたような気がしたが。辺りを見回しても何ら変わったモノは観測できない。
 ――よく、覚えていないや……。
 自分は夢幻の中で孤独に泣いていたのだろうか。もはや、何が現で、何が幻か。
(……何でもいいや)
 咲夜の腕の中に自分は居る。それが、唯一の永遠だった。
「それで、咲夜はどうしてここへ?」
 疑問をぶつけてみると、咲夜は片手に提げたバスケットを見せて穏やかに笑った。
「今日は佳い月が出ています。ご一緒に、お月見でも如何ですか?」
 フランは喜んでその瀟洒な招待に応じた。無邪気な笑みを浮かべるフランに対して、また一つ感情が芽生えたことに、咲夜自身も気付かなかった。


 紅魔館の屋上。聳え立つ尖塔の根本にフランと咲夜、二人の影が伸びる。
 お互いに交わす言葉は無い。二人寄り添う。
 空に浮かぶは、心が打ち震えそうになるほどの紅い月。
 ぽっかりと空に穿たれた深淵の真円。いや、これは十六夜か。
 幻想郷は外の世界で忘れ去られたモノが寄り固まって形成される。その為、幻想郷に海は無い。未だに外の人々にとって、海とそれにまつわる幻想の生き物は身近なモノなのうだろう。
 だが、なぜ月はあんなにもはっきりと、この幻想の空に浮かぶのだろう。
 外の世界では、月が何処かへと墜ちてしまったのだろうか。
 それとも幻想の月と外の世界の月は、同じモノを見上げていてもその本質は違ってくるのか。幻想の月では兎が餅つき、月の人が都市を成しているらしい。
 だが、ここから見上げる紅い月は、そのような風流を感じさせてはくれない。
 ただ、全身の血が疼き、魔性の発露を誘発するアヤカシの月。
「ねぇ、咲夜?」
 フランは咲夜が持ってきたワインに舌鼓を打ちつつ、泡沫のようにふと浮かんだ疑問を咲夜にぶつけてみる。
「はい、何でしょうお嬢様」
「咲夜は、私の事嫌い?」
 ――好き? とは、どうしても問えなかった。
「いいえ、一体、誰がフランのお嬢様のことを嫌いになれましょうか」
「だけど、私は全て壊してしまう。おかしいんだ私。今だって――」
 ――咲夜の事を。