『ごめんなさい。これが最後の愛し方だったから』
フランは壁面に固着した足を解放して自由落下。ファイの足下に片腕を付いて着地。もう片方の腕でレーヴァテインを振るってファイの下方から胴体を薙ぐ。しかし、肉を引き裂くはずの一閃はまたもや手応えが無い。ファイの胴体が上下に分離し形が揺らぐ。またもや闇を操って攻撃をかわしたか。
「I only know where it's hidden away(隠しても私にはお見通しよ)」
フランは逆様な態勢から飛翔。地面にキスをしかねない高度から一変、虚空へと舞い上がる。消えたファイを探すべく空間構成情報を片っ端から演算していく。熱い鼓動が胸の中で踊り狂う。この広大な空間総てを逆算していく行為は、術者への拷問と相違ない。
楽しい。脳髄が焼けるように。甘くて。笑う口が裂けても。それがまた楽しくて!
――楽しくて! 震えて。紅い。朱い。赤い。甘い。……甘い!
(I found it!! 見つけた!)
にぃ、と狂った三日月のような笑みを浮かべるフラン。
「C'mon baby! C'mon baby! Come into my hand(さぁ、いらっしゃいな 私の手の中に)」
フランは狂おしく呪詛を呟く。翼の魔導石の発熱はそろそろ限界に近い。焼けるような熱さが、この感情を焦がして止まない。巧妙に空間の中へ自分を溶かしたファイの姿は、既にフランの感覚に捉えられていた。
フランの右手に空間の「目」が蒐集されていく。各々の座標を固定。瞬時に構造解析を終えて呟く。
「Oh,it's so easy to Grip & Breakdown!!(あら、とっても脆いのね「きゅっとしてドカーン」)」
その瞬間、空間を目映いばかりの光が満たす。その事象の裏に隠匿された闇の存在を明るみに晒す。まるで太陽を破壊してしまったかのような大爆発が辺りで連鎖する。
凄まじい衝撃波が空間という空間を埋め尽くし、術を発動したフラン自身すら熱波に炎上する。そう、ファイの目を破壊することがフランの崩壊に繋がるならば、空間ごと破壊し尽くしてしまえばよい。普段は気狂いに見えて、その実冷静なフランの感情は、マグマのように沸き立ち、正常な思考を失っていた。太陽が身を焼くような痛みすら、彼女には至上の快楽だった。
時空ごと破壊され、虚数空間と化した光の中、フランはその剥き出しの感情で唱う。
「Let's get along,baby,I'm never insane(一緒に居てよ、ねぇ! 私は狂ってなんかいないわ)」
その言の葉は、今は居ない誰かに向けての呪いだった。495年間の孤独を吐き出す。
どうしてだろう、楽しいはずなのに。このゲームはとても楽しいのに。
その瞳から止めどなく溢れる紅い液体。生暖かいそれは頬を伝って、抱えた膝に墜ちる。
何でも、血液と涙はほぼ同じ成分でできているらしい。
――どうしてこの寂しさは壊れてくれないの!
何も無くなってしまった。虚無の中、声も届かないのに叫び続ける。
――どうして! 大切なモノはみんな壊れてしまうのに! どうしてこの感情だけは壊れてくれないのか! 要らないのに! もう要らないのに! こんなモノ! 私には在るだけ無駄なのに!
フランは孤独の中、痛む頭を振り乱した。
やがて、見た目相応の童女の様に膝を抱え、顔を伏せてしまった。
――そして、誰もいなくなる?
「では、お休みなさいませレミリアお嬢様」
レミリアを寝かしつけた咲夜は、燭台を片手に恭しく扉を閉めた。
懐中時計に目を通すと、秒針と短針が頂点で交わっていた。零時に就寝する吸血鬼とは物珍しいが、レミリアはだいぶ前から人間の習慣に従っているため咲夜にとってあまり違和感は無い。そもそも、人間が眠りに落ちることは生きる為に不可欠だが、吸血鬼にとっては必ずしもそうでは無いからだ。
咲夜は妖精メイド達が掃除した廊下を、仕事ぶりの評価をしつつ歩いて行く。
やはり所によってむらが有るが、及第点に達している事を素直に喜ぶべきだろう。
自分勝手で気まぐれな妖精メイドを手懐けて教育するのに咲夜はどれだけの時を費やしたのだろうか。志半ばにして天寿を全うしてしまうのではないかと気が気でなかったが、不断の努力のおかげで咲夜の仕事はだいぶ楽になった。雑用なら妖精メイドがこなせるので咲夜はレミリアとフランに長い間従事できるようになった。パチュリーの世話は彼女の使い魔がこなしてしまうため、あまり咲夜のすることはない。
咲夜は歩を進めつつ自分のやることがまだ残っていないか思い返すと、早急に済ませるべき仕事はもう残っていなかった。
暇ができたとしても、咲夜は自分のために時間を費やすことは殆ど無い。
基本的に咲夜はありとあらゆる事をそつなくこなしてしまう。それ故に努力する楽しみがないため、本人からすればひどい虚無感が常に付きまとっているようなものだ。彼女は唯、嘗て幼い吸血鬼に与えられた役割を瀟洒に演じるためだけに生き続けていたのであった。それが彼女の存在理由であり、生きる目的であり、心の拠り所なのだ。
思えば、それだけを守り続けて、ずいぶんと時が流れたものだ。
数少ない窓から空を見上げれば、格子の影が十字に刻まれた紅い月が煌々と光っていた。
湖にその分身を投影し、霧立ちこめる紅魔の森を紅く彩る。幻想郷のあちらこちらで月に煽られた魔性が宴に集っているのだろう。不思議な力が大気に溶け出しているのを肌で感じる事ができた。
「――佳い月ですね。でも、少し欠けているかな」
咲夜は静かに酔いしれて呟く。ほぅ、と感嘆の息が漏れた。
今宵は十六夜。欠けている自分の記憶を辿ると、最初に覚えているのはこんな月夜だった。
時を操る能力。この特異な力を見咎められ、咲夜は人々に化物と蔑まれた。
昏い地下室に囚われて、冷たくて、痛くて、怖くて。そして逃げ出した。
――その身を紅に染めて。
逃れ流れて、身に染みた血が乾く頃にはこの幻想の地に行き着いていた。
そこで仰ぎ見た十六夜が、魂が震えるほど綺麗だったことをよく覚えている。
咲夜としてはこのまま寝入ってしまうのは惜しい気がした。
ワインを掲げて月見に洒落込もうと決めた咲夜は、心なしか軽い足取りで地下のワインセラーへと向かった。途中厨房に寄り、かごにパンとチーズ、それとワイングラスを二つ入れて持って行く。肌寒いワインセラーで手頃な赤ワインを見つけた咲夜は、さらに地下へと続く階段を下っていった。
咲夜は夕食の席でパチュリーから、今日のフランは何処かおかしい。といった話を耳にしたのを思い出していた。フランがおかしく見えるのはいつものことだが、フランと接する機会が咲夜に次いで多いパチュリーの言うことだ、そうそう間違いがあることもないだろう。パチュリーと話してからずっと地下室に籠もっているらしい。
最近、あまりフランの事をかまってあげることができなかった為、咲夜としてはそのことが気がかりだった。人一倍優しくて、寂しがり屋なフランの事だ。何か一人で思い詰めて悩んでいるのではないのだろうか。
作品名:『ごめんなさい。これが最後の愛し方だったから』 作家名:清明@