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『ごめんなさい。これが最後の愛し方だったから』

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 二人で居る時間を大事にしたかった。矮小なこの人の身では悠久の時を生きる吸血鬼に添い遂げることは不可能なのだから。百年もしないうちに別れが訪れ、そうなればフランはまた地下で独りぼっちになってしまうのだろうか。
 最高位の吸血鬼としてレミリアを慕うものは数多い。きっと自分が居なくなっても、レミリアはそれを運命だと受け入れてしまうのだろう。
 そもそもレミリアに取っては、人の命など戯れの一興に過ぎないのだろう。
 人の子を拾って、従者に仕立て上げたのも、きっと……。
 だけどフランには他に誰も居ないのではないか。
 フランには、咲夜以外に自分を肯定してくれる存在が居ないのではないか。
 姉であるレミリアはフランを遠ざけてしまっている。
 だがレミリアは自分が壊されるのが恐いのではない。
 フランを傷つけてしまうのが怖いんだ。
 だから、遠ざける。フランを脅かす世界から。
 フランを安全な地下に幽閉して。彼女を否定する総ての脅威から守るために。
 レミリアは人一倍フランを愛しているが故に、愛し方が解らずにいた。
 どこまでも不器用なレミリアの愛は、どうしてもフランに届くことは無かった。
 フランは悲しいことに、最愛の姉にさえも自分が嫌われているのではないのかという想いに囚われてしまった。
 破壊の力を持ってしまったが故に、彼女は壊れてしまった。
 否、自らを壊してしまったんだ。
 喪失に耐えるために。それはとても悲しいことなのだろう。
 同情でもない。自分と境遇を重ねているわけでもない。
 唯単に、咲夜はその短い人生の中、フランと共にいる時間が長かっただけだ。咲夜にとってフランは手間のかかる妹であり、同時に母のようでもあった。気の遠くなるような年月を生きていても感情は子供。だが、幼い咲夜はその空虚な生き方に共感を覚え、同時に多くのことを教わった。おこがましいことかも知れないが、二人は気心の知れた友人のようでもあった。
 思案に耽りながら長い階段を下りきると、フランの部屋の扉の前へと辿り着いていた。
 咲夜はフランの部屋のドアをノックする。
 何かおかしい、返事が無い。一瞬、もう寝入ってしまったのかと思ったが、フランはレミリアと違って、真性の吸血鬼生活を送っているためそれは無いはずだ。
 どうしたのだろうか、何か嫌な予感がした咲夜は、鍵束を取り出して幾つもの錠前を順番に開けていく。
「……じれったいわね!」
 咲夜の胸中に去来する奇妙な焦り。この違和感の正体を早く確かめなければ。
 分厚い対魔法扉は、まるでフランの心の壁を表しているようにすら思える。
 紅魔事変以来、レミリアはフランの外出を許可したが、フランは未だにこの地下室を自室とし、今まで通りに施錠をすることを望んでいた。
 重い扉を開け放ち、咲夜は室内へとなだれ込む。
「フランお嬢様!」
 フランの寝室は例にも漏れず闇に包まれていた。咲夜は燭台をかざしてフランの姿を探す。
「――っ?!」
 咲夜はその光景に目を剥いた。
「ぅぅぅ……!」
 ベッドに伏せったフランは、苦しそうな呻き声を上げてシーツの裾を強く握りしめていた。うっすらと、彼女の周りに何かが見える。何か良からぬモノが彼女の心を浸蝕しているのだと咲夜は本能的に理解した。
「フランお嬢様!」
 咲夜はフランを呼び戻すためにベッドへと駆け寄る。
 しかし、その指がフランの身体に触れる寸前、質量を持った濃密な闇が咲夜の腕をはね除けた。ばちり、と拒絶される咲夜の掌。
(――?!)
 衝撃に驚き、じんじんと滲む痛みをこらえて、フランの様子を見据える。
 咲夜はまるでこの世の終わりを見てきたかのような絶望に染まっていた。
 フランに触れそうな所まで手を伸ばしたとき、彼女の思念が咲夜の中に流れ込んできたのだ。フランは咲夜を拒んでいる。
 ――来ないで、誰も来ないで。誰も私に近づかないで。
 フランはまるで熱に浮かされているかのように髪を振り乱して、暴れる身体を必死に押さえようとしていた。一体何が、何がフランの心を浸蝕してるのか。
「お嬢様! お嬢様、眼を開けてください!」
 咲夜の悲痛な叫びはフランへ届かない。これが報いだというのだろうか。
 どうしてフランは心を閉ざしてしまったのか。
 咲夜は思い返す。もっと咲夜がフランの想いに真摯に応えていれば。こんな事にはならなかったのではないのか。咲夜はフランが自分に対して淡い恋心の様なモノを抱いていることを知っていた。だが、咲夜はその想いに気付いていながら、知らぬ振りをした。ひたすらに従者としての自分を演じ続けた。それが咲夜の罪。
 自分はあの時。初めてフランに合った時。フランに寄り添って、その孤独から彼女を守ると誓ったのではなかったのか。なんたる事だ。従者失格ではないかこれでは。
 ――いや、自分にもまだ出来る事が有るはず。
 咲夜は腰のナイフを抜き、周囲にその分身を召還する。数多のナイフが宙を舞う。
 この時空を超越する、この時を操る能力なら。
 フランを浸蝕している闇の流入を阻止できるかも知れない。
 ふと、レミリアの言葉が脳裏をよぎる。
『――貴女はもう能力を使っては駄目よ。これ以上、能力を行使すれば、人間としての貴女の肉体は、もう持たないわ』
 ちりちりと、額が葛藤に焼ける。フランを傷つけてしまった上に、レミリアの命にすら背くのか。自分は、つくづく駄目なメイドだな。咲夜は心の中で自分に対する嘲笑を浮かべた。
「申し訳ありません、レミリアお嬢様。貴女のお言いつけに背きます」
 フランを取り囲むようにして銀のナイフが展開され、一斉に地面に突き刺さる。
 刃は光を放ち、フランを囲む魔方陣を形成する。
 咲夜は手を翳す。ものすごい抵抗に眉を顰めながらも、必死に術式を構築し始める。
 咲夜は、反則級な能力を持ちつつも、それを魔術理論に乗っ取って応用する事を本来苦手としていた。だが、この状況下、単に時を操るだけではフランを救い出すことは出来ない。
 フランを取り囲む心の壁。それは総てを拒絶する。
 障壁の展開された空間さえ中和することが出来れば、あの闇を取り除くことも叶う。
 脳が焼けるような痛みを訴える。本来、魔法とは純正な魔族の肉体を持ってのみ為し得るモノ。人間の脳では、絶対的に処理能力が足りないのだ。
 人の身でありながら魔法を扱う魔理沙は、血と泥にまみれるような凄絶な努力と、マジックアイテムにより己の魔力増強と制御を行って初めて発動を可能にしている。
 加えて、時を操る能力はこの身に余る。こちらの制御はさらに肉体に負荷をかける。
 今の咲夜にとって、この空間中和呪式は決死の覚悟が伴うのだ。
 だが、それがどうしたと云うのだ。この命一つで、孤独の闇におぼれて、今にも壊れ逝こうとしているフランを救うことが出来るなら安いモノだ。フランを守るのが自分に残された最後の存在価値だ。その為に今まで生きてきたんだ。この幻想飲まれて野垂れ死ぬだけだった自分を拾って、従者に仕立ててくれた主の命令を守るため。
 ――本当にそれだけか?
 咲夜は脳裏に浮かんだ疑問符に、戸惑いを覚えることになった。