君のために、僕がいる。俺のために、お前がいる。
フレンなら、ほんとうに騎士団を変えてくれるだろうとユーリは思う。誰より騎士団を憂いていた彼だからこそ、必ず実現してくれると。
ふたりの間にしばしの沈黙が流れる。しかしそれすらもふたりには心地よく感じられて。言葉など、いらない。ただそばにいるだけで、互いの気持ちが手に取るようにわかるのだから。
「ユーリは――」
フレンがユーリに向かって何か言葉を紡ごうとしたとき。突如、けたたましい警鐘が辺りに鳴り響いた。耳をつんざくような、激しい音。瞬時に身構えるふたり。
彼らの瞳には、逃げ惑う下町の住人の姿が映っていた。しかしここで焦ってはいけない。何が起きたのか、自分たちだけは冷静に把握しなくては。
やがてふたりをよく知る酒場の女将が慌ただしく駆けてきた。
「ユーリ!フレン!大変だよ!下町に、魔物が入り込んできた!」
魔導器がなくなった今、結界もまた世界から失われた。結界に代わる新たなエネルギーの開発にリタたち研究者が躍起になっているが、今はまだ帝都をはじめ世界の町々は魔物の侵入に怯える生活が続いている。
それを聞いたふたりは互いに顔を見合わせ、愛用の剣に手を伸ばした。ユーリはギルドの一員。フレンは騎士団長。その立場から、いつどこであっても剣を肌身離さず身につけているのだ。
「どこから入ってきたんだ!」
ユーリがなかば叫ぶように尋ねると、女将は下町の入り口の方を指さした。その方角を確認すると、ふたりはそちらに向かって走り出した。急いで逃げていく人々を横目に、ユーリは真剣な眼差しで呟いた。
「結界がねえからな‥‥フレン、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。鎧がないおかげで身が軽い」
それを聞いたユーリは満足そうに唇の端をくいっとつり上げた。そしてひたすら駆けた。
よく鍛え上げられたふたりの足は、すぐさま魔物のいる場所へとたどり着くことが出来た。これだけ走ったのにもかかわらず、息切れひとつしていない。
確かにそこには、魔物の群れが侵入していた。ワイルドボアと呼ばれる、イノシシのような魔物である。
彼らは下町の店という店を荒らし回り、商品を食べ漁っていた。辺りには食い散らかされた商品達が、見るも無惨な姿で転がっている。
ユーリ達の育った下町を、我が物顔で闊歩していた。
その様子を確認すると、ふたりは静かに剣を抜いた。その瞳に、鋭い光を宿して。
「ひとりあたり、ざっと八体ってとこか」
「了解。久々に腕が鳴るよ」
フレンはここのところずっと、騎士団長に回ってくる書類整理などに追われていた。そのためこういった現場からは離れていたのだが、その程度で腕がなまるほど彼は柔ではない。
そのフレンの答えに満足したように、小さく笑みを浮かべるユーリ。
「そんじゃ、いっちょいきますか!」
気合いを入れるようにそう叫ぶと、ユーリはワイルドボアに向かって突き進んだ。ただちにフレンも続く。
ユーリは標的を一体に絞ることをせず、手当たり次第に斬りつけていく。そのユーリの剣に弱ったものを、フレンがとどめをさしていくのだ。昔から、こうやって幾重の死線をふたりで切り抜けてきた。
ユーリは魔物の動きを牽制・撹乱し、フレンが確実にとどめを刺していく。ユーリはフレンよりも素早い動きを得手としているため、撹乱役にはもってこいだ。そしてその一撃一撃も、とても重い。フレンは素早さではユーリに劣るものの、そのパワーは彼に劣らない。
ワイルドボアは魔物の中でも抜群の体力を持っているために、一体を仕留めるだけでもかなりの時間がかかるものだが、そんなことはおかまいなしに攻撃に徹するふたり。
軽装のために一撃でもくらってしまえば重傷を負う危険があるが、逆を言えばそれだけ素早い攻撃が可能となる。
そんな抜群のコンビネーションにより、ふたりは一撃もくらうことなく、残りはあと一体となった。しかしこれがまた難儀そうであった。
「親玉か? なかなかしぶといじゃねえか」
「気を抜いちゃだめだよ、ユーリ。とても怒っているみたいだ」
フレンの言うとおりだ。残ったワイルドボアは、周りのものよりも数段体が大きく、息も荒い。いつ突進してもおかしくない気配を漂わせていた。
その眼には明らかな殺気の色。身がぴりぴりと痛むほどの、敵意。万が一負けたとすれば、恐らく命はないだろう。ふたりはそう悟っていた。
しかし、ここで自分たちが退けば、下町は魔物の巣窟になってしまう。それだけは、阻止しなければ。
「いくぜ、フレン!」
「ああ!」
短く言葉を交わすだけで、もう十分だった。ふたりは迷うことなく、臆すことなくワイルドボアに立ち向かっていった。
まずはユーリが斬りかかった。『ニバンボシ』と呼ばれるユーリの剣は普通の剣とは違い、その刃の部分がわずかに反っている。ゆえに、ものを『斬る』ことに特化している。突進してきたワイルドボアを、すれ違いざまに斬りつける。しかしその固い皮膚に阻まれ、思うようにダメージを与えられない。
苦戦するユーリに加勢するように、フレンが走り込む。彼の剣は突くことを前提に作られており、ユーリよりも大きいダメージが期待できる。そのため少し身のこなしは鈍くなるが。
フレンが走り込んだ勢いでそのままワイルドボアの体めがけて剣を突き刺した。傷口から紅い血液が噴き出す。その衝撃に耐えきれず、その場に倒れ込むワイルドボア。その巨体が、砂埃を舞い上がらせる。その土煙に包まれ、ユーリとフレンの視界が極端に狭くなる。敵の居場所が見えないというのは、致命的なミスに繋がりかねない。危険を察知したふたりは、一足飛びで視界の開けたところへと身を移す。
「やったか?」
息を切らしながらユーリがフレンへ問うが、フレンは首を横に振った。
「‥‥いや。どうやらまだみたいだよ」
その声がユーリの耳に届いた刹那、煙の向こうから鋭い牙が見えた。まだ息の根は止まっていない。手負いの魔物は一番恐ろしいものだ。なりふり構わず襲ってくるのだから。それを見て、ユーリは軽く息を吐いた。
「こうなったら、あれしかねえか」
「あれだね。了解」
ふたりは同時に剣を構える。怒涛の勢いで向かってくるワイルドボアに対し、迎え撃つような形で。
そしてぎりぎりのところまで引きつけてから、素早く回避すると同時に斬りつけ、そして同じタイミングで飛び上がる。
「見せてやろうぜ!」
そしてふたり交差するように一気に剣を振り下ろした。ふたりの刃から発せられた衝撃波がワイルドボアを襲い、その次の瞬間には刃の餌食になっていた。ユーリによるいくつものダメージとフレンの突きによる傷。そして今の衝撃波に加えふたりの同時攻撃。それらを一身に受けたワイルドボアは、力なく倒れ込み、間もなくその心臓の機能を停止した。それを見届けると、ユーリが口の端をつり上げて軽く手をあげた。
その意味を素早く察したフレンは、ユーリに歩み寄り、互いの手を叩き合わせた。いわゆるハイタッチ。ぱちん、と軽快な音が響いた。
「やったな、フレン」
「君こそ、ね」
作品名:君のために、僕がいる。俺のために、お前がいる。 作家名:架月るりあ