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マイスタンダード

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ふと足音が耳を衝いた。
(…え)
空耳か判断のつかないまま耳を澄ませていると、ひたり、ひた、ひた、と探るような足音が廊下から聞えてくる。途端、徐々に緊張感で体が横になったまま凍りつく。
足音が誰のものかなど考える必要も無い。ここは寮で、しかも一人暮らしなのだ。
ちらりと目をやった時計に目を凝らせば深夜二時だ。
(…泥棒、…とか)
一瞬過ぎった疑惑も完全に否定できない。現に足音の主は、極力音を立てないようにして、何か探るように慣れない風なのだ。それにしたって戸締りは確認していたような気がしたけれど、見落としがあったのか。
近付いてくる足音で心臓が一際強く跳ね、その音は体中に轟く。
どうしよう。泥棒なら目的ははっきりしている。金銭関係を探すのだろうが、でも、家には元々盗るものがない。っていうか、えっと、足音が聞える前、大きな音は聞えなかったような気がするのに、気づかなかっただけなのか…今となってはそれもわからない。
迫ってくる足音は、しんと静まり返った空間に嫌になるほど良く響く。もう、自分の鼓動を聞いているのか足音を聞いているのかわからなくなってくるほどに緊張は高まり、今や縛り付けられたように微動だにできない。ただ指先から、全身から、じわじわとせり上がってくる緊張感と恐怖に身が竦んで、正体不明の気配の意図するところを探るので精一杯なのだ。だから、既に枕もとの携帯電話を手にする勇気もない。身動きした瞬間を見つかったら、なんて考えはじめてしまったらもう身動きなんてできない。
そして運命の時、足音は一際強く響き、息を飲んだ途端、音也の目の前で部屋のドアノブが回ったのだ。
(…え、ええ、なんで、どうして!)
地獄の始まりを告げるように、暗闇に薄らと開く扉の先の闇。
怖い、どうしようもなく怖い!いざとなったら怖くて足が竦んで、事態を打破するなんて夢のまた夢のような話で。助けて欲しいと手を伸べることもできず、助けて欲しい人が目蓋に浮かんでもこの喉は声すら出ない。
絶望と共にのそり、と入ってきた人影を前に、音也はテレポーテーションさえできれば…!とか現実逃避しながら体を縮ませ、頭の片隅で思った。やっぱりこういうとき神様とか仏様とか言うのはどこか嘘くさい。呼ぶならもっと別の人だ。最も信頼していて、心のそこから今ここに居て欲しい人物。その人となら、いっそこの場でこの侵入者に散らされても悔いはないと思える人物。
だから音也は悲鳴のように、たった一言、全身全霊を篭め、さっき夢にみたその人の名を心の中で思い切り叫んだ。

   *

それから数秒間、ギロチン台に立つように硬く目を閉じた音也が事態を知る由はなかったが、誰かが、というか、つまり先ほどの人影がこともあろうに、音也のベッドに腰掛けたので、音也の意識はまた現実に回帰する。
(…な、なん、なんで…っ)
先に殺すのか、それともそれともなんだろうか。それともなんて考えつかない音也の思考は既に空回りしている。
一体これから何が起こるのか。
全神経を集中させて、動向の一つ一つを想像するだに恐ろしくてたまらない。
本当に寝ているか確かめるつもりだろうか。いびきの真似とかしといた方がよかったのかな。ああ、明日の朝刊を飾るのは俺なのか…!?こんな時になって考え付く限りの最悪の事態を思い、音也がいよいよ覚悟を決めたときだ。

「…何だ、あなた起きてるじゃないですか」

(は?)
極度の緊張の中、どうにも聞き覚えのある声に、けれど音也の思考は簡単にリアクションを返すことはできない。
聞き覚えがあるなら目を開けて確認すればいいと思うのだが、硬く閉じすぎたのか目が開かないのだから話にならない。開けたくても開けられない。痛いほど握り締めたシーツを手離すことができないように、一度極限まで凍り付いた体から力を抜くのは簡単ではない。
そんな苦労を笑うように、声の主は、粒となって額に浮かぶ汗をその指先でやわらかに掬いながらそっと喉を鳴らせた。
「いつまでタヌキ寝入りしてるつもりです。さっさと起きてください」
ゆるやかな仕草と反するような冷静な声音に、音也は痛いほど閉じていた目を、漸くゆっくりと開くと、覗き込んだ目蓋の向こう側のあまりに明るさに目を眩ませながらも、怪訝な表情のまま目の前の人物に焦点を合わせると、それは確かにトキヤだ。
「なんです、お化けにでもあったような顔して」
いかにも不本意とでも言いだしそうなトキヤを見ても、まだなんだよ驚かせて、とか人が悪いっていうかなんていうかもう、お前ややこしい!と悪口雑言の数々を口に出来るほど、事態を把握できていない。
「と、トキヤ?」
「ええ」
「トキヤ、だよ、ね?…ホントのホントに」
「はぁ…、なら、誰に見えますか」
大体、こんな時間に、他の誰があなたの部屋に来るんですか。
(とか言ってトキヤだってこんな時間に来たのはじめてなくせに)
まさかここでHAYATOなんて言おうものなら軽く頭を叩かれそうだ。
音也の惚けた言葉に顔を険しくしたトキヤは、それでも、まるで颯爽と風に乗って星空から現れたようにこの部屋には不釣合いで、現実味がない。
半信半疑でロボットのようにぎこちなく首を傾げながら、まじまじとトキヤを見つめていると、今度は、何故トキヤがここにいるのかが理解できず、音也は呂律のまわらないまま疑問を口にした。
「…や、だって…なんで?」
「驚きすぎですよ。自分から合鍵を渡しておいて」
「だ、だってさ…泥棒かと思うくらいびっくりしたんだもん!」
「ああ、足音を忍ばせたのが裏目に出ましたか」
機嫌がいいのか、ひとりふうん、と愉快そうに喉を鳴らされても、突然、しかもこんな時間に来られて、二時だし、その、慌てないはずがない。音也は漸くそろそろと半身を起こし、一人底意地悪い笑みを浮べながら、仕草だけはやさしく髪を指先で遊ぶように梳くトキヤを見つめた。
額に張り付いた前髪を撫ぜていく指先の温さが心地よく、殊更やわらかく、甘いから、空気に溶け込んだみたいに緊張が溶けて消えるのを感じ、音也はやっと息を吐く。
「でもなんでこんな時間にきたの?」
ぱちくり、とゆっくりとしたモーションで瞬きを一つすると、トキヤが、これ、と言って音也が無くしたと思っていた台本を差し出した。
「あ、俺の台本!」
「こんな大事なものを忘れて帰るんじゃありません」
「…ないから、明日探そうと思ってたんだ…なんでトキヤが?」
「楽屋の鏡台の隙間に落ちていました」
「ありがと…でも、確かに鞄に入れたはずだったのに」
「台本がひとりでに鞄から出たとでも?」
「…違うよね。これから気をつける」
目の前に差し出された仕草の素っ気無さといい、軽い紙の感覚に、目が覚めるようだった。一体どこで無くしたかも気付いていなかったものが、突然返ってきたのだから本当に驚いた。
「そうしてください。なくして困るのはあなたなんですから」
確かにないと困るが、渡すためにトキヤがこんな時間にやってきたというのは、驚くには十分だ。
けれど、そんな音也にはお構いなしで、トキヤはそんな音也を横目で見つめながら思い出したように口の端を上げる。
「それにしても起こしたのなら、悪いことをしてしましたね」
 今から寝つけますか。
作品名:マイスタンダード 作家名:yum