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みんな目金を好きになる

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 かくして新聞部部長によって仕組まれた“目金モテモテによるバレンタインチョコ操作”の作戦。それを偶然耳にし、震える者がいた――――
「あ、あ、あわわ…………」
 サッカー部・マネージャーの音無が、新聞部入り口前の廊下端でしゃがみこんだ。
 彼女は元新聞部で、サッカー部に転部してからも新聞部に慕われていた。今日は久しぶりに顔を出そうとした時にこれだ。とんでもない事実に音無は震えがなかなか治まらない。声を殺し、隅に隠れるのが精一杯であった。幸い、雷門の水を飲んだ覚えが無いのが彼女の心の支えだ。
「目金さんを好きになるなんて……何が何でも絶対にどうしても嫌とは言いませんが、私たちにだって選ぶ権利はあるんですよ……」
 酷い。
「一大事です。サッカー部に報告しなければ」
 身を起こし、背を屈めて素早く文化棟を後にする。


 一方、何も知らないサッカー部の部室では小さな勉強会が行われていた。バレンタインもあるにはあるが定期テストもあり、赤点を取れば試合には出られない。近々、練習試合を控えているので、体力強化とは別の準備であった。
 机に座る部員たちに、ホワイトボード前で教えるのは土門。彼は英語を担当していた。
「うーん……」
 頭を抱える円堂。大好きなサッカーはいくらでも頑張れるのに、勉強はなかなかそうもいかない。
「キャプテン。頑張れよ」
 壁に寄りかかり、冷やかし混じりのエールを送るのは風丸。彼は参加していない。
「皆、頑張ってね」
 その横で笑う木野。そっと部室を出て、彼女は家庭科室へ向かう。冷蔵庫を開ければ“木野”と書かれたトレイにたくさんのゼリーが載っていた。頑張る部員へのご褒美に木野が内緒で作ったお菓子である。
「よーし。冷えているわね」
 出来を確認し、上手に持ち上げて持っていく。
 これは家庭科室で作ったものであり、当然ここの水を使っている。
 部室の前でノックをして風丸に開けてもらう。
「皆、一休みしましょ」
 手に持ったゼリーを見て、部員たちは歓喜した。
「美味そう!」
「俺の分もあるよな、アキ」
「丁度、甘いの欲しいなって思っていた所だったんだ」
 トレイに次々と手が伸び、ゼリーが減っていく。喜んでもらえて、木野としては嬉しかった。
 甘いものを口にして和やかな雰囲気の中に、音無が勢い良くドアを開ける。
「みみ、皆さん!聞いてください!!」
 あまりにも急いで来たので、額に上げた眼鏡が立ち止まると同時に落ちてはめられた。
「どうしたんだ音無」
「急いでどうしたの。汗は早く拭いた方が良いよ」
 のんびりと答える仲間たち。
「そそ、そんな事より!」
 目撃した事件を訴えようとした音無の目に、ゼリーの器が入った。
「あの……それは……」
「ゼリーよ。私が家庭科室で作ったの。音無さんの分もあるわよ」
「かていか……しつ……」
 滲んだ汗が急速に冷えていくのを感じる。
「春奈。どうした」
 名前を呼ばれて振り向けば、横に鬼道が立っていた。目は彼女を見詰め、手は器を持ってスプーンを動かし、口はゼリーを頬張っているではないか。
「ひいいいいいいい!!!」
 悲鳴を上げ、素早く離れて壁に貼りついた。
「どうしたんだ。ゼリーでも食べて落ち着け」
 歩み寄る鬼道。ゴーグルに隠された瞳が純粋に妹を気遣う。
 けれども当の春奈には、惚れ薬を飲んで堕ちた兄にしか映らない。


 お兄ちゃん。目金さんを好きになっちゃうんだ。
 あはは……ホーモ、ホーモ……


「は……はは……」
 口からは引き攣った笑いしか出てこない。
 真の恐怖に直面した時、人は笑うしかないという。
「どうしたの、音無さん」
 木野も心配して寄ってくる。
「……あの、木野先輩もゼリー食べちゃったんですか」
「え?私?まだだけど」
「ほ、ホントですかっ?」
 じわっ。涙目になる春奈。
「音無さんっ?」
「春奈?」
 動揺する木野と鬼道の後ろから、円堂が能天気に言う。
「音無、ゼリーは一人一個だぞー」
「違いますっ。木野先輩、来てください」
 音無は木野の手を引き、部室を出る。鬼道も追おうとしたが、目の前で閉められた。少しだけ鼻の頭をぶつけて目が潤む。鼻は急所だ。
「きっと、反抗期ですよ……」
 土門が呟くように慰めた。


 部室の前で、木野は音無に問う。彼女は背をドアに押し付けるようにして息を整えていた。
「一体どうしたのよ。音無さん」
「先輩……」
 語りだそうとするが、またもや彼女の目に惹き付けるものが映る。
「あら、部屋に入らないでどうしたの」
 夏未だ。彼女は目を瞬かせながら、二人の元へやって来た。
「夏未さん……そうだ……夏未さんにも是非聞いて欲しいんです」
「私?それより入りましょう。寒いわ」
「駄目です。いけませんっ」
 手を広げ、首を振って拒否する音無。木野が夏未に視線を合わせ“この調子だ”と送った。
「そう。なら私の部屋に行きましょう。音無さん、貴方随分疲れているようね。これでも飲みなさい」
 丁度持っていたペットボトルケースを手渡す。
「有難うございます」
「この時期、乾燥しているから喉が渇きやすいわ。ただのお水だけど……」
「!!」
 音無は顔を背け、口に含んだ水を咳き込むようにして吐き出した。
「音無さん、貴方……」
「理由は夏未さんのお部屋に行ったらお話します。一大事なんです」
 二人の背を押す。急かされるまま夏未の部屋に着き、音無は事情をやっと語る事が出来た。
 音無の話を聞く内に、夏未の表情は深刻なものに変化していく。木野は未だ信じきれず、困惑していた。
「音無さん……疑う訳じゃないけれど、本当なの?惚れ薬なんてものが……」
「思い当たる節があるわ。私の隣のクラス、調理実習帰りから様子がおかしいのよ……眼鏡の話ばかりするの。木野さん、貴方も世宇子の件で身をもって知っているはずよ。ありえない話じゃないわ」
「どうか信じてください。元新聞部として、私は部長を止めたいんです」
 胸元に手を合わせ、音無は二人の瞳を見据える。彼女は傷付いているだろう。本当は信じたくは無いのだろう。だがそれでも逃げずに立ち向かおうとしているのだ。
「でも……私たちに何が出来るかしら……。円堂くんたちにも協力を」
「駄目よ。ここの水を使ったゼリーを食べたんでしょう?もう彼らは堕ちたも同然だわ」
 木野の言葉を夏未がばっさりと断ち切る。
「ゼリーなんて作らなければ良かった……」
「貴方は知らなかったんだもの。過ぎた事を責めないで。目金くん本人はどうしているの」
「目金くんは風邪で休んでいるそうよ。明日には来れるって連絡が入ったわ」
「不幸中の幸い……かもしれないわね。今日は私が水の使用を止めさせる。明日、目金くんが来たら様子を探りましょう。惚れ薬と一言で言っても、効果がどう反映されるかわからないと動けないから」
 夏未は冷静に自分の意見を伝えた。木野と音無は心強さに気持ちが落ち着いていく。
「夏未さん。どうしてそんなに落ち着いていられるんですか」
「違うわね。バレンタインは雷門中の生徒が楽しみにしているイベントよ。理事長の娘として、私は守らなければならない責任がある。これは理事長の言葉と取ってもらっても構わないわ」