こらぼでほすと 約束1
刹那が、そろそろ戻るだろうと思っているのだが、まだ連絡は入らない。今回はユニオン本国へ潜入しているから、時間がかかっている。それに、戻って来たら、刹那は宇宙に上がる予定だから、これで、しばらくは顔も合わせられない。そう思うと、ニールは、戻って欲しくない気分になる。再始動は、確定した事実だ。情報管制を敷かれたものしか耳に入らないニールにも、アローズのえげつないやり方は届いているし、ハイネからも、いろいろと聞いている。武力で抑え付けて三大大国に有利な平和というものを、ごり押しするようなものは認められるものではない。だから、組織はアローズを叩くだろう。兵力が、どの程度拮抗しているかまではわからないが、先の武力介入の時に負のGN粒子を拡散させるエンジンを搭載した敵機が現れたから、あれから考えれば、それほど兵力として有利ではない。それでも、組織は動くだろうし、刹那たちも戦うだろう。無事に全員が帰ってくるなんて、夢の話だ、と、ニールだって諦めてはいる。キラたちが救助することになっているが、それだって全員無事に、というのは難しいことも理解している。生存率なんて、僅かの数値だ。そして、そこへ自分の実弟を叩き込むつもりだ。
・・・・俺は鬼だな・・・・
実弟に、自分の代わりをさせる。それだけの技量が実弟にはあったことも不幸だったし、実弟の所属する組織では先が見えないということもあった。だが、確実に死に近い戦場に実弟を叩き込む。刹那が誘えば、実弟は来るだろう。あちらの組織カタロンでは知りえない情報と、MSが自由になるのだ。それをカタロンに使うためなら、スパイとしてやってくる。だから、叩き込むこと自体は難しいことではない。それらを予測して、そして長いこと逢っていない実弟の顔を思い浮かべて、大きく息を吐いた。
静観するしかないのは承知のことだ。これから、刹那が戻って来たら、実弟を誘う方法を教える。そして、自分は地上で、それを見ていることになる。
何があっても、どうなっても、ニールは、そこへすら行けない。黙って無事を祈るしかない。かなりキツイ戦いだ、と、自嘲していたら、背後からハリセンで叩かれた。
「襲われるぞ。」
そこには亭主が立って笑っていた。はい? と、振り向くと、その後ろにハイネもいる。
「こいつが背後から襲うタイミングを計ってたぞ。」
顎でハイネを指し示して亭主は笑う。ものすごい悲壮感の溢れる顔をしていたから、ハイネも声をかけられなかったらしい。それで見守っていたところへ亭主が戻って来た。おためごかしの慰めなんぞで、解消するもんではない。ハイネも、それは理解しているから、どうしたもんかと考えた。で、亭主は、いきなりハリセンで張り飛ばしたのだ。
「・・・襲うって・・・」
「そんな顔してりゃあ、ノンケでも転ぶやつはいる。気をつけろ。・・・いや、そういうのに縋りつきたいっていうなら止めねぇーが。」
「待て待て、三蔵さん。俺は襲うつもりじゃない。」
「おまえ、間男なんだろ? ハイネ。間男なら、こういう場合は押し倒すもんじゃねぇーのか? 今なら、こいつも逆らわないからチャンスだ。」
「そういうのは亭主の担当じゃないか? なんでも間男にフルなよ。」
「俺は、この通り、張り飛ばす。慰めなんてややこしいことはやる気もねぇ。」
もう一度、亭主はハリセンで女房の頭を張り飛ばすと、居間に入る。そして、「おいっっ。」 と、声を張り上げる。この「おいっっ。」 は、冷たいものを出せ、ということだ。女房のほうも、台所へ動いて、麦茶を用意する。無意識に、その動作をしているから、何も考えていない。卓袱台に、それを置くと、ようやく、亭主に、「そんな酷い顔でしたか? 」 と、尋ねる。
「今にも壊れそうって雰囲気だった。」
「・・・すいません、ちょっと考え事をしてまして・・・・」
「俺の前で辛気臭い顔をしたら、張り飛ばす。覚えとけ。」
「・・・はい・・・」
「余計なことを考えるんなら、酒でも呑んで寝てろ。」
「・・・・そうですね・・・・それが楽かもしれない。」
「あんまりウゼェことやらかすなら、瀕死の怪我でもさせてやろうか? 」
大怪我でもさせれば、医療ポッドに叩き込まれて、知らないうちに組織の再始動は始まって終わるだろう。別に、坊主は女房を撃つぐらい動作もない。それで、『吉祥富貴』のスタッフから責められても平然としていられる自信はある。だが、亭主の言葉に、女房は泣き笑うような顔をした。それは、女房の辛い気持ちを少しでも感じさせない方法で、そのために瀕死にしてくれるということに他ならないことに気付いているからだ。眠っている間に、全てが終わっていれば、こんなに焦れた気持ちになることもない。
「なんで、そんなに優しいんだか・・・あんた、本当に優しすぎて、俺には勿体無いいい亭主ですよ。」
「それが、一番、てめぇーには楽だろう? 」
「そうですが・・・それは断ります。もし、あいつらに何かあっても俺は気付かないままになっちまう。目が覚めて誰もいなかったら、俺、そのほうがおかしくなりますよ、三蔵さん。」
「なら、しっかり起きて俺の世話をしろ。」
「・・・はい・・・」
「昼寝しなかったな? 」
「シンとレイが来てたんです。・・・・晩酌の段取りして、そろそろ俺は行きますよ。」
「おう。」
いつものように、女房は動き出す。さっきまでの表情は、すっかり形を潜めた。バタバタと台所で段取りをしているのを見て、ようやくハイネも卓袱台の前に座る。こういうところが、三蔵に敵わないと思い知らされるところだ。ハイネも、気分転換させてやろうとしているが、あんな顔をしているニールを浮上させるには、どうしたら最適かはわからない。だが、寺の坊主はハリセンで張り飛ばした。ついでに半殺しにして寝かせてやろうか、などとおっしゃる。これには、ハイネも降参だ。
「俺には無理だ。」
「当たり前だ。あそこまでいったら、亭主の担当だ。そこまで行かせない努力はしてくれ。」
スパーッと紫煙を吐き出して坊主は笑っている。精神状態最低なんてものも経験しているからこそ、できる対処だ。そこまでハイネには無理というものだ。対人間や対妖怪の戦いなんてものは、そういうものも含まれている。いかにして相手の弱点を晒して自滅させるか、そういう戦い方を経験してきたから、坊主は、そうならない方法を理解しているからだ。優しい言葉なんぞで、弱点となるものは消えない。現実に引き戻してしまうほうが手っ取り早い。
「ハイネも飲むのか? 」
用意したものを寺の女房は運んできて、そう尋ねる。ニールは開店準備の手伝いをしているから、先に出かける。ハイネの出勤時間は二時間ほど後になる。
「そうだな。ビールぐらい。」
「はいよ。それなら、三蔵さんが飲み過ぎないように見張っててくれ。悟空が戻ったら、おやつは冷蔵庫に冷やし中華があるって言ってくれ。」
「わかった。」
ハイネの分も運ぶと、ニールは気軽な格好で出かけていった。衣装はあちらにあるから、これといって準備するものもないからだ。早い時間に出て、早く帰るから、ニールは基本、公共機関を利用している。
作品名:こらぼでほすと 約束1 作家名:篠義