hung up
幸村の部屋は1Kと狭い空間の中に荷物は多いものの、きれいに整頓されている。窓際には観葉植物が飾られていて、幸村らしいなと考えていた。部屋の真ん中に置かれたテーブルはコタツにもなるようだったけど、まだコタツ布団はかけられていなかった。
「適当にくつろいでよ」
「いや、材料切るとか、何か手伝うよ」
「うーん、ありがたいけどキッチン狭いからね。……じゃあ、包丁とまな板渡すからそのテーブルで材料を切ってもらってもいい?」
一人暮らしのキッチンの大きさに合わせたようにまな板は小さく、材料を切りにくかったが、できた材料から順番にボールにつめていった。
野菜を簡単に切り終えたころ、水を張った鍋とコンロを持って幸村がテーブルの前に座る。水を温めている間、豆腐と葛きり、ポン酢、お皿を持ってきていた。
「急だったからご飯炊いてなくて、冷凍でもいい?」
「大丈夫」
手際よく仕度をする幸村。鍋の湯が沸騰したところで鍋に野菜をつめていく不二。
BGM代わりに流れているテレビは家族向けのバラエティ番組で、幸村がこういったチャンネルをつけていることは意外だった。
あっという間に鍋の仕度が終わり、すぐに鍋を食べ始めることができた。途中のコンビニで買ってきたお酒を出して飲みながら話をすると、さらに盛り上がる。
他人とこんなに話したの久しぶりだ。
いつもの不二なら、聞き手に回ったり、一緒にいる相手にいたずらしたりすることが多く、落ち着いて長い時間話すことは滅多になかった。
それでも、幸村とは植物の話、先ほどの写真展の話、大学の話、いろいろな話題が出てきては笑いながら話せた。
しばらくして、酒が少し回り始めたとき。
「ねぇ、手塚に彼女いるんだったら俺と付き合わない?」
缶ビールを片手に、幸村は言う。
あまりの脈絡のなさに、一瞬、何のことかわからず、不二は真っ直ぐと幸村を見た。
「どういう意味? 手塚の彼女と幸村に何の関係が」
「だって、不二は手塚のことが好きなんだよね。でも、手塚には彼女がいる」
コン、と軽い音を立てて缶をテーブルに置くと、幸村は不二の手をとった。
「だったら、手塚を想い続けても辛いだけだと思うけど」
「別に、手塚に対しては好きとかそういうのじゃなく、友達として……」
「じゃあ、白石に対する気持ちと手塚に対する気持ちは同じなの?」
幸村の問いかけに、不二は言葉が詰まる。同じではない自覚はあった。だからこそ、イエスともノーとも言えなかった。
「ねぇ、僕にしなよ。手塚のことなんて忘れさせてあげる」
微笑む幸村は、不二の手を自分のほうに引き寄せて指先に口付けをする。一瞬固まっていたが、さらに指先をくわえられそうになり、思い切り幸村の手を振り払う。
あれ、と呟く幸村に対して、不二はバンッと音を立ててテーブルを叩き、そばにおいていたコートをつかむ。
「ふざけるなら僕は帰るよ。大体、男同士で付き合うってなんだ。少し酔いでも覚ましたら?」
部屋のドアノブに手をかけたところで、後ろからぎゅっと抱きしめられた。体温の温かさに一瞬だけ油断して、ドアを開けることができなかった。
「ふざけてないし、酔ってもない。ずっと、ずっと不二をこの腕に抱けたらと思ってた」
「離して」
「いつも手塚ばかり見て、俺のことはちっとも意識してくれない。ようやく、チャンスがめぐってきたんだ」
「離せって言ってるだろ!」
腕を無理やり解こうとするものの、どうしても振りほどけなかった。腕の太さはそんなに変わらないはずなのに、真田の球ですら平然と片腕で返せる幸村に純粋な力比べで勝てない。
「お願いだから、俺を見て」
「いやだ!」
不二は下を向くものの、身体ごと向きを変えられて無理やり顔を上げられる。目が合った瞬間、唇をそれで塞がれる。何度も押し付けられて、逃げようとしても捕まる。息苦しくて口を開くと、割って入ってくるのは幸村の舌。
苦しい、気持ち悪い、苦しい。
助けを請うように、幸村の腕をバシバシと叩いて離せと訴える。
それでも、息苦しさと理解の追いつかない状況に不二の頭は混乱して、叩く手の勢いは次第に弱まり、気づけば縋るように幸村の袖を掴んでいた。
くちゃり、と音を立てながら唇を離されれば、透明な糸が伸びて、すぐに切れる。
短く呼吸を繰り返す不二を見て、幸村はそっと手を伸ばして不二の頬に触れる。、険しい表情をしている不二に対して、幸村は満足そうに笑みを浮かべている。
「もしかして、初めてだった?」
何が、とも聞けず、不二は顔をそらした。
「男同士っ、なの、に。こん、なこと……」
「男同士の何が悪いの? それは君の偏見だよ、俺は男としかしないしね」
「なに言って……!」
一瞬にして真っ赤になる不二。目には涙があふれそうになっている。幸村はその隙を見逃さず、そっと触れるだけのキスをした。
「一回だけで良い。そうしたら、忘れられる」
「いやだ、離して」
「無理」
すっと、幸村の手が腰に伸びる。シャツの下に手を伸ばし、腹をなでられる。
助けて、助けて。
助けを求めて心の中で大きく叫ぶ。けれど、助けは誰にも届かない。
「ずっと好きだったよ」
背筋に悪寒が走るばかりで、不二が離れようと試みても逃げられない。他人に肌を触れられて、こそばい様ななんともいえない感覚に気をとられて、押し返す力が足りない。
幸村は不二を抱きしめながら後ろに倒れこむと、身を反転させて不二を組み敷いた。そのまま、強引に食らいつくような口付けから舌を絡ませて、不二の言葉を完全に封じた。