hung up
てづか、てづか。
不二の脳裏によぎるのは、かつてのチームメイトで、今日あったばかりの友人。
自分に向けてくれていた笑顔が、ふい、と別の方へと向く。自分以外の人のところへ向かう彼の後姿に、顔を背けるしかできなかった。
僕には、どうしようもない。
伸ばそうとした手を、下ろすしかなかった。
寒さで目が覚めると、不二は見慣れない部屋のベッドの上にいた。包まっていた布団は薄く、寒さを十分にしのげるものではなかった。
枕元に畳まれている自分の服を見つけて、昨夜のことを思い出す。
そうだ、幸村に……。
全身がだるくて、腰に鈍い痛みが残っている。
少し前までは楽しく鍋をしながら喋っていたのに。あの時間は何だったのだろうか。
「……なんで、こんなことに」
絞り出した声は掠れていて、乾燥した喉に痛みが走る。
ベッドの横の床で、転がっている幸村を見つけると、突然、心臓が早鐘を打つ。
ここに居てはだめだ。はやく、逃げないと。
服を引っつかみ、ままならない身体を無理やり動かして服を着る。その間、幸村は熟睡しているのか、起きる様子はなかった。
部屋の主を起こさないよう、息を殺しながらゆっくりとした動きでテーブルの上のケータイをつかんでカバンを。持ってきたコートを着るよりも先に部屋を出た。
外に出ると、寒さで全身が冷えてくる。心臓の音はいまだうるさく響く。
早く、遠くへ。
逃げ出すように走り、駅へと向かう。右手に握っているケータイではアドレス帳を開く。
手塚、手塚。
友人の名前を必死で探す。見つけて番号を開いたとき、不二の足は自然と止まった。決定ボタンを押すだけで、相手に繋がるのに、そのボタンが押せなかった。
今、助けを求めて何になる。何を話して、どうしてもらいたいのか。自分が何を求めているのか。冷えた脳裏によぎる疑問に、不二の手は震え始めた。
言えない。
クリアボタンを一度だけ押して、アドレス帳の選択画面に戻った。
こんなことを言える相手。そう思ってふと浮かんだ相手に電話を掛ける。5回のコールで通話口から眠そうな声が聞こえた。
『もしもし? こんな朝早くに――』
「助けて、白石」
ケータイを握る指先も、コートを纏わない全身も、どうしようもない感情に押しつぶされそうな心でさえも、冷たい風にさらされて冷え切っていた。