ベイブ・イン・ザ・ラボ
その4
部屋に戻ると、すっかり忘れていたトラのレポートを書くようまたもや迫られることになった虎徹は、バーナビー監視の下なんとか書きあげる。つまるところ、トラが無くてはならない存在になってしまったという内容を素直に書いたら、バーナビーは複雑そうな顔をしていた。
そうこうしているうちにトラのメンテナンスは終わり、バーナビーが応援に呼んだという眼鏡の男二人組は帰って行った。トラのオリジナルにあたる虎徹の存在にも特に動じずに挨拶を交わしたり、バーナビーとHE-00が居合わせたのにも何の反応も見せなかったりと、彼らのあまりのマイペースぶりに調子が狂う。ここの人間はそういうものなのだろうかと、虎徹はいまいち釈然としなかった。
虎徹に似た、琥珀色の瞳が目を覚ます。
「トラ、気分はどうです?」
「システム更新適用、問題無い」
むくりとベッドへ起き上がったトラがそう淡々と告げると、虎徹とバーナビーは二人で安堵の息をついた。
「聞いて喜べトラ、今日からお前はちゃんとうちの子になったからな!」
「!」
虎徹の言葉に打って変って俊敏に反応したトラは、こちらを見やると目を輝かせてふわりと笑った。ぎこちないが、笑顔は笑顔だ。嬉しさに、またもやトラの頭に伸ばしそうになった手に気がついて、虎徹は慌てて引っ込める。すると腰に腕が回って引き寄せられると、ベッドに座ったままのトラに抱きしめられていた。
「嬉しい。ありがとう、コテツ」
「ん」
急な行動に驚いたけれど、トラから嬉しいという感情が伝わってくる。その背をそっと撫でてやっていたら、背後からも抱きつかれて虎徹は身動きが出来なくなってしまった。戻ってきてからずっと、彼は虎徹に寄り添うようにぴったりとくっついて大人しくしていたのに。トラにつられたのだろうか。そろりと背後を窺うと、早速反応したバーナビーが彼を引き剥がそうとしていた。
「また…! 虎徹さんから離れなさい!」
「どうしてHK-00は良くてオレはダメなんだ。納得いかない」
「ユーフォリアだからですよ!」
力説するバーナビーに、だからそのゆーなんとかってなんだよとツッコミを入れるが二人が言い争う声で聞こえていない。スルーかよ、と呆れていると袖を引かれて、虎徹はトラを見下ろした。
「どうした?」
「コテツ、そいつは?」
そいつ、とトラが指したのはHE-00の事だろう。じ、と不思議そうに当の彼を見つめていた。
「そうそう、こいつも一緒に家に連れてくことになったんだ。お前と同じアンドロイドで、えーっと、えいち…なんだっけ…?」
「HE-00、ですよ虎徹さん。護衛用のアンドロイドで、一応トラの先輩になります」
思わず疑問形にしたら、バーナビーが応えてくれた。トラに説明するバーナビーは、彼を虎徹から引き離す事に成功して、一仕事終えたいい顔をしている。
「……そうなのか」
熱心に見つめていた割に素っ気ないトラの応えに、虎徹は思わず吹き出してしまった。眠るトラを見た彼も、トラへの関心は薄く、アンドロイド同士お互いに興味はあまり無いらしい。仲良くしてやってくれよ、とトラの肩を叩くと、虎徹は眉を顰めて腕組みをする。個人的に、新たな問題に直面したからだ。
「やっぱそのままだと呼びにくいよな…うーん…バニー似だから、バニーJr.とか、どうよ?」
「どうよって…下ネタですか、おじさん」
一応頭を捻って出した案だったのだが、バーナビーに辛辣に一蹴されてしまった。
「そーゆー意味で言ったんじゃねぇよ!」
「しもねた…猥談或いは下品な話の事、だな」
「トラまで何言い出すのっ」
データベースに登録されているという冷静な言に、アンドロイドってすごくどうでもいい情報まで詰められてるんだなと知って疲れた虎徹は脱力する。
「えーっとじゃあ…ばに…うさぎ…そうだ、ウサっていうのは?」
「虎徹さんて、ネーミングセンス無いですよね」
気を取り直して閃いた名前を挙げると、またもやバーナビーの辛口評論にバッサリ切り捨てられてしまった。可哀想な視線を向けてくるのにも腹が経つ。
「だぁっ! 俺はこいつに訊いてんの! なぁ、やっぱお前も気に入らないか?」
バーナビーに吠えてから虎徹は小首を傾げて彼を見上げると、何故かそっぽを向かれてしまった。その反応に、駄目かと他の案を考え始めているともそもそと呟く声が聞こえて、虎徹は再び彼に向き直る。
「……コテツが呼びやすいなら、オレはそれで構わない」
「そっかそっか! んじゃ改めてよろしくな、ウサ!」
ばしばしとウサの肩を叩いて喜んでいると、素早い動きでまたしても抱きしめられてしまった。これもウサなりの嬉しいという感情表現なのだろうと勝手に解釈した虎徹は、ウサの背に腕を回してよしよしと抱き返してやる。ふと目が合ったバーナビーは、何故か羨望と苛立ちの間の様な器用な表情をしていた。
作品名:ベイブ・イン・ザ・ラボ 作家名:くまつぐ