Kid the phantom thief 前編
―Ⅱ―
その衣装を脱ぎ、ハンガーにかける。
体が軋むようだった。
何か胃に入れなきゃと思いキッチンに向かった所で意識が途絶えた。
目が覚めると、そこは俺の家ではなく、博士の家の地下だと分かった。
俺が起きたことに気づいたのだろう、だが、俺に背を向けたまま話かけられた。
「馬鹿ね。」
「・・・灰原。」
灰原はカルテを書き終え、やっとこちらを向いた。
その顔は分かっていることだが、怒っていた。
「いつまでその血まみれの衣装を着るつもり?」
「・・・・・・見つけるまで。」
血まみれの衣装・・黒いキッドの衣装。
あれはあの日、キッドが着ていたものだ――
灰原と博士は全部知っている。
キッドに何があったのか。
そして、俺があの衣装を身に纏うこと。
「彼はあなたの心配をして!!!」
「分かってる。」
「だったら、今すぐにやめなさい。」
「それは出来ない。」
「・・・・あなたねぇっ!!」
灰原が怒るのも分かる。
あいつだって同じ思いだろう。
俺も以前の俺であれば、こんなこと許さないと思う。
何か違う方法があったはずだから。
でも、今の俺はこれしか知らないんだ。
「見つけるまでだ。見つけるまで。
あいつが殺されなきゃなんなかった理由を・・見つけるまで。」
「知ってどうするのよ。」
「・・・・・・。」
「彼が死んだように殺したいの?」
「・・俺は、真実を見つけたいだけだ。」
「探偵のプライドを捨ててまで?」
「・・あぁ。」
殺してやりたいと思う気持ちを知った。
こんなにも人を憎めるということを知った。
だけど、その一線だけは越えないと約束した。
ただ、真実だけは見つけたい。
開けてはならないパンドラの箱。
そうだったとしても、俺はその箱を開ける。
暴いてやるんだ。
「・・・・・・・・・本当に愛してたのね。」
「・・・勝手に過去形にすんなよ。」
「・・・失礼、愛してるのね。」
「あぁ。」
「まったく、呆れるわ。」
「悪ぃな灰原、」
「慣れてるわ。」
「ハハッ・・・だよな。」
「でも、忘れないで。」
あなたの体はボロボロなのよ―――
「分かってる。」
灰原の泣きそうな顔はどんなに見ても慣れない。
その顔をさせるのはいつだって俺なのに、こいつは自分を責める。
そんな顔を見たくないと思い、体の不調を隠したことがあった。
だけど日に日に悪くなりとうとうバレた。
診察を終え部屋を出た灰原の泣き声が聞こえてきた。
ドア越しに謝れば、灰原は「そんなものは要らない。」と言った。
この顔を見たくないと隠すなら、私が気づけばいい。
この顔を見たくないとあなたが無茶しなくなる日まで。
だから、あなたは勝手にしなさい。
泣かせたことが申し訳なくて、だからと言って止められない自分が悔しかった。
俺は灰原を一生幸せにはしてやれないんだろうなと思った。
俺はきっと無茶をし続けるから――
「私、死んでもあんなダサい衣装着ないから。」
「・・!!?・・・ハハッ、お前そういう事言うなよ。」
「承知しないってことよ。」
「・・・ありがとな。」
悲しませることはこれからも必ずある。
苦しませることも必ずある。
だけど約束する。
俺は死なない。
お前の居ない場所では、絶対に。
「灰原、」
ポンッ
「下手ね。」
「るせ。」
「良い香り。」
作品名:Kid the phantom thief 前編 作家名:おこた