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探偵ごっこ

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 そういえば、彼が手にとった傘は一本――つまり、自らのものだけだったような気がする。仕方ないなとためいきをつき、改めて有楽町は駅の外へと足を踏み出す。今度は副都心も止めなかった。
 素人の尾行はすぐに終わった。見つかったわけではない。銀座がすぐに近くのビルに入っていったからだ。
「……銀座さんの家、ですか?」
 いや、と、有楽町は首を横にふった。傘を出て、副都心は銀座の入っていったビルに走りよっていく。有楽町は水をはねあげない速度でその後を追った。
 一階は和菓子屋だった。すでに店は閉まっている。後ろから近づいてきた有楽町に見せるためだろう、少し副都心は身体をずらした。
「うーん、どれでしょうね」
 ビルの各階表示を指でたどりながら、副都心が首を傾げる。一階が和菓子屋、四階にも同じ屋号があるのは事務所か何かだろうか。
「普通に入れそうなのはこれだけみたいですね」
 デザイン事務所、有限会社、表札なし――副都心の指が、五階で止まった。少し見慣れないアルファベットが流麗な書体で刻まれていて、小さくカタカナでふりがながある。小さなグラスが飾り文字の端にあることからも、おそらくはバーの類の表札だろう。
「行ってみますか? 先輩」
 しかし、と。いかにもストーカーじみた自らの行いに、有楽町は逡巡する。その様子に、行ってみましょう、と、少し強い調子で副都心が言葉を重ねた。
「折角ここまで来たんですから」
 それにいるとは限りませんし、と。そう言って、副都心は有楽町の答えを待たずにエレベータのボタンを押した。

*

 少しばかり身の危険を感じさせる揺れに耐えて、目的の階へと至る。エレベータを降りると、すぐに扉だった。重厚な木の扉に金属のプレートがはりついている。下で見たのと同じ書体で、店の名前が刻まれていた。
 もしかしてこれは、会員制のバーとかそういったものだろうか。有楽町の思いを知ってか知らずか、副都心はさっさと扉をあけていた。
 ふわりと暖かな空気が顔を撫でる。いらっしゃいませの柔らかな声に、拒否の響きはない。ビルの大きさから察せられた通り、大きな店ではなかった。低いテーブルが二卓、あとはカウンターだ。カウンターの中の壁には、種々の酒のビンがところ狭しと並んでいた。
 テーブルに客はいない。週の半ばで、時間も早いからだろう。二名さまですか、カウンターでもテーブルでもお好きな方へ、と。バーテンダーの言葉にうなずいたところで、別の声があった。奇遇だね、と。まさにそれは、銀座その人の声だった。
 いるのがむしろ当たり前とはいえ、有楽町があげた声に含まれた驚きは本物だった。お知りあいですか? とのバーテンダーの言葉に優雅にうなずくと、銀座は二人をさしまねいた。
「と、オフタイムでまで仕事場の人間と一緒は嫌かな?」
 だったら遠慮しておくという銀座の言葉に、有楽町はあわてて首を横にふった。そして、急いで銀座の横の椅子に腰を下す。副都心はさらに有楽町の隣に腰を下した。
「ええと、お邪魔します」
 どこか借りてきた猫を思わせる有楽町の言葉に、銀座はどういたしましてと微笑む。そして、ここには良く来るのかと尋ねた。
「え、いえ……そういうわけではなくて」
 まさか、貴方をつけてきたともいえず、有楽町は口篭った。そして、ちらりとバーテンダーを見、副都心を見てから、銀座に視線を戻す。
「その、そう、聞いて! 落ち着いた店がある、とか、その」
 言い募りつつも、有楽町は自らの不審者ぶりに内心忸怩たる思いだった。いくらなんでも不自然すぎる。だが、銀座はいつもの鷹揚な表情のまま、特に彼の言葉を追及しようとはしなかった。
「銀座さんはよくいらっしゃるんですか?」
 助け船か何なのか。副都心がそう尋ねた。
「たまにね」
「もう少しいらしてくださってもいいんですよ」
「たまに来るくらいがいいんだよ」
 バーテンダーの言葉に笑いながら返すと、銀座は自分の前にある二つのグラスのうち、小さなほうに口をつけた。どちらも透明な液体が揺れていた。大きなグラスがチェイサーの水で、銀座が口をつけたほうが酒だろう。
「それは?」
 不思議そうな有楽町の表情に、銀座は目の前におかれていたボトルをそちらに押しやった。おそるおそる有楽町はボトルを見る。透明な液体は半ばほどまで残っていた。アルコールのパーセンテージは思った以上に高い。原材料は砂糖きび――つまり、ホワイトラムのボトルだった。
「お好きなんですか?」
「最近はね」
 そう答えた後、銀座は何にするのかと二人に尋ねた。とはいえ、近くを見回すも、メニューらしきものはない。棚一面に並んだボトルも、あまりに種類がありすぎて何が何やらわからなかった。
 どうやら、かなり本格的なバーらしい。有楽町は押し付けがましくない程度の距離を保って彼らを見守っていたバーテンダーに声をかけた。
「――ええと、何かおすすめはありますか?」
「ジンやウィスキー、ブランデーなんかもおいてありますが、やはり一番種類があるのはラムですね」
 好みをおっしゃっていただければ、お勧めをお出ししますよ、と。そんな言葉に、ええとと有楽町は首を傾げる。どうしようかと互いに顔を見合わせている有楽町と副都心のさまを、銀座はただにこにこと見守っていた。
 有楽町と副都心のグラスが確定したのを見計らい、銀座は二人に対しタバコを吸ってもいいかとたずねる。
「え、ええ。でも」
 喫煙者でしたっけ、と。そんな有楽町の問いには答えず、銀座はバーテンダーに声をかける。カウンターの下から出てきた浅い箱を眺めながら、いくらかのやりとりのあと、比較的細めのシガーを一本選び出した。慣れた手つきで吸い口を切り、注意深く火をつけるさまに、有楽町は目を丸くした。
「最近の子には馴染みがないかもしれないね」
 紙巻はやらないのだけど、と。そう言って目を細める様は、どこかどこか大正や明治の浪漫を思わせる。もっとも、彼が営業を開始したのは昭和になってからなので、それはどこか的外れな感想だ。とはいえ、地下鉄に乗ることそのものが最先端の観光であった時代から走り続けている彼は、日ごろから今の詰め込めるだけ詰め込んだ忙しい東京の必然とは一線を画した優雅さを保ち続けている。インスタントな居酒屋が氾濫する現状と別世界の佇まいは、やはりとても彼らしい姿だ。
 じっと見つめてくる有楽町のさまを勘違いしたか、銀座は試してみるかいとカウンターの中を示す。ええとと戸惑う有楽町の隣で、副都心がやってみます! と、元気に手を上げた。
 シガーを選ぶところから、火をつけ、最初の煙をすいこむところまで。押し付けがましくない程度に副都心の世話をやくさまは、いつもの通りのメトロの重鎮のようであり、どこかリラックスしたプライベートタイムのようでもある。新しい顔を発見したかのような、だが何も変化はないような。中途半端に特別な時間だった。

*

 店にいる間に雨はやんでいた。明日は遅刻しないように、と。そう言って終電もなくなり、昼間とはまるで別物のような静けさに沈む赤坂の通りを遠ざかっていく二人を見送り、銀座はやれやれとためいきをついた。やれやれ、と。そして。
作品名:探偵ごっこ 作家名:東明