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Amazing Grace

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 先程まで無表情に近かった顔を覆っているのは、明らかに怒りで。切れた口の端に血を滲ませながら、絶叫といえるほどの叫びをシュルツはあげる。
「閣下は・・・オーベルシュタイン総参謀長は、全てをご自分一人で背負うおつもりなんですよ!?」
 ヴェスターラントへの攻撃を知らせてきた兵士を謀殺しようと、戒厳令を敷こうと、情報の漏れる可能性は十分にある。
 裏付けもなく、ただローエングラム侯爵を引き摺り下ろす手段として、彼が自分の利益のためにヴェスターラントの住人を見殺しにしたのだと主張するものも現れるだろう。
 掲げた正義に影を生じせしめないためにも、ローエングラム侯はそれを否定し続けねばならないのだ。
 我が軍はヴェスターラントへの攻撃を知らなかった。
 もしくは、知って阻止しようとしたが、間に合わなかった、と。
 それは、ローエングラム侯爵自身の栄誉のためではない。彼を信じて戦う兵士、士官、民衆のためなのだ。

「僕だって・・・怖いですよ。恐ろしいですよ・・・。
 何十万、何百万という民間人が殺される。それをただ見ていることしか出来ないなんて・・・恐ろしくないわけがないじゃないですか!
 でも、何が出来るというんです?
 ヴェスターラントの民衆を助けて、戦いを早期に終結させる。そんな方法があるんですか! あるならば、教えて下さいよ!
 それが分かれば、皆が救われる。
 ヴェスターラントの人々も、他の星系で戦う兵士も。父親や、夫、兄弟、息子、恋人、友人・・・・・・生きて帰って来る、再会できると信じて、願って待っている人達も・・・みんな、みんな救われる。
 でも、そんな方法が、何所にあるんだ!!」

 勝敗の帰趨は既に確定している。だが、ローエングラム軍に決定打がないのは確かだ。
 ガイエスブルグに立て込まれ、徹底抗戦をされたら。
 それどころか、各領地に逃げ込み、領民を巻き添えにした焦土作戦を取られたら。
 戦いは長期に及び、ヴェスターラントの人口の数倍、数十倍の人命が失われるだろう。
 更に、現在続いている自由惑星同盟でのクーデターが先に鎮圧してしまえば、戦線はなお拡大し、帝国は救い難い打撃を全土に受けることとなる。
 全ての計算の元、オーベルシュタインはこの作戦を上申した。そして、それを理解したからこそ、ローエングラム侯爵はそれを是としたのだ。

「・・・僕たちに出来るのは・・・・・・このことを忘れないこと・・ぐらいじゃないですか。自分達がしたことを・・・できなかった・・・こと、を・・・。
 閣下がその身に全てを・・受けるというなら・・・ぼくはせめて、その・・お側にいたい・・・。
 あの方が必要としなくても、僕は・・・あの方を理解<わか>りたい。どんなに・・・恐ろしくても、理解りたい・・・・・・理解りたい、です・・・」

 子供のように泣き続け、しゃくりあげながらも、シュルツはその想いをフェルナーへと吐露する。
 ―――必要なのは、厄災をひきうける影贄だ。
 不満。不信。憎悪。
 本来は自分自身に向かうべき、または僚友に、もしくは主君に向かうそれら負の感情を受ける存在が必要なのだ。
 何故ならば、人間<ひと>は強くないから。
 自分の過ちや無力感を容易く許容できるほど、強くはなれないから。
 
「これは上官命令だ」

 それは、シュルツの言った通り、「上官命令だから仕方ない。選択権はなかった」そう示された逃げ道。
 尤も身近にいるであろうフェルナー達とも、オーベルシュタインは罪を分かち合おうとしない。恐らく、ローエングラム侯爵とも同様の筈だ。
 今回はヴェスターラントの悲劇を。そしてこれからも、様々な罪悪を。既に冷厳と恐れ始めている義眼の将官は、己の身に集中させる策略を選んだ。
 全ては新秩序構築という、大儀のために―――。

 シュルツはそれを分かったからこそ、用意された逃げ道に進んだ振りをしようとしている。
 心の中では決して忘れはしない、逃げもしないが、それをオーベルシュタインの前で見せることはないだろう。
 では、自分はどうするのだ・・・?
 浮かび上がった自問は、徐々にフェルナーの血を熱くしていく。
 その脳裏に浮かんだのは一〇年前の情景でも、これから起こるだろう悲劇でもない。
 詐術と折衝に長けた彼ですら真意の知れぬ、義眼の上官の姿だった。


「用があったのではないのか」
 執務室に入って来てから一言も発さずに自分を凝視し続ける部下へ、オーベルシュタインは低い問いを投げかける。
 先程の作戦に対してやはり異を唱えるつもりかとも思ったが、藍玉の瞳に宿る光はそれとまた違って見えた。
「はい」
「ならば、手短に済ませよ」
 切り捨てるような冷言に、すぐの反応はなかった。
 フェルナーはまた口を噤み、何かしら強い意志の覗える瞳へとオーベルシュタインの姿を映し続ける。
 再び彼の唇が動いたのは、オーベルシュタインの手が退室を命じようと動きかけたときだった。
「閣下」
 フェルナーの手が何かを示すように、ゆっくりと動く。

「小官がヴェスターラントの件を是としたのは、上官命令だからではありません。
 ―――俺の意志です。
 それだけは、お忘れにならないで下さい」

 後に、最も彼らしいと評されることとなる人の悪い笑みを浮かべ、フェルナーは敬礼をする。
 全く揺るがなかった無表情の上官の心中が、その表情と同じだったのかは分からない。
 寧ろ、フェルナーにとって、それはどうでもいいことで。今の己の決断こそが、重要だった。


「フェルナー大佐。卿が幕僚として、我が元帥府に籍を置くことを許可する。
 ―――オーベルシュタイン。
 処遇は・・・卿に一任する。好きなように使ってやれ」

 ローエングラム候にしてみれば、半分冗談だったのかもしれない。オーベルシュタインの冷気に当てられ、逃げ出すのならばそれまでだと思ってもいたのだろう。
 どんなことがあっても自殺はしない。どんな目にあっても戦死はしない。そう決めた一五歳のときから、どこででも生きていける自信はあった。どこにでも慣れる自信もあった。だからこそ、特定の場所に拘ることがなかった。
 だが、今は違う。


「あの人の側にいるためになら・・・どんなことでもするさ。
 多分、それが一番俺らしく生きられる」

 執務室を辞し、廊下を歩きながら、フェルナーはそう一人ごちる。
 俺という一人称を、あのとき敢えて使った。
 軍人としての発言ではなく、アントン・フェルナーという意志の発露。それを知らせるためのサインだった。


 上官の意志に添った、シュルツ。
 それを跳ね除けた、フェルナー。
 まるで正反対の選択をしながらも、彼らの目指すものは同じである。

 どれほどの運命が待ち受けていようとも、パウル・フォン・オーベルシュタインという人物の元で、その軌跡を見続ける。
 そのためにも、共に歩む途を選び、それを可能にするだけの能力を得る。
 方法は違えど、彼らの胸には等しいその思いが生まれていた。


 後世で「ヴェスターラントの悲劇」と称されるその事件から数ヶ月と経たずして、リップシュタット戦役は終結した。
作品名:Amazing Grace 作家名:瑞菜櫂