こらぼでほすと 約束11
「これね。ヴェーダに気付かれると困るから携帯端末に保存しておいて欲しいんだ。組織に戻ったら、ティエリアにも、このデータを渡して欲しいんだけど、ヴェーダの関連するシステムにはデータを落とさないでね。後、ラクスが関係している企業体の資源衛星には入れるように手配してある。その時に使うパーソナルデータは、これ。IDカードは、これ。」
資源衛星なら、食料や水も補給できる。ただし、侵入者のチェックは厳しいから、そちらで使えるようにIDカードを偽造した。ラクスの関係者ではないが関連企業の人間というものだ。
「もし軌道ステーションに入るなら、このまま使えるから。」
刹那の素性がバレないように、プラント籍でパーソナルデータを作った。これなら、刹那とは気付かれない。さすがにエクシアを宇宙港に入れるのは無理だが、隠しておける場所も補給地点のデータに入っている。キラも刹那が動きやすいように出来得る限りのデータを用意した。
「ママも心配してたから、たまにはシャワーぐらい浴びて、低軌道ステーションでおいしいものでも食べないとダメだよ? 」
地上なら映り行く景色があるし、どこでも降りることができたが、宇宙では、そうはいかない。ずっとエクシアのコクピットで滞在していたら、それはそれでストレスになる。だから、休憩ができる場所も用意していた。それらは、全て携帯端末にデータとして保存させる。
「ヴェーダは危険なのか? キラ。」
携帯端末にデータを収めてから、刹那は尋ねる。信頼できないのなら、それもティエリアに報告しておくべきだ。
「ううん、信頼は出来る。でも、ヴェーダは全部が組織のものじゃないからね。僕らのデータを取り込まれると、僕らの補給が断たれてしまう可能性が出てくるから用心しているんだ。」
ヴェーダの生体端末については教えられない。それを教えるとティエリアのことも話さなければならないからだ。実際は、ティエリアにも教えたくないとこだが、補給に不安のある組織のため、あえて、それを無視することにした。もし、こちらの物資の備蓄地点を抑えられたら、キラはヴェーダの内部に潜ませているアスアスという凶悪ウイルスを感染させるつもりだ。ヴェーダと生体端末なら、それらを駆除できるだろうが時間はかかる。その時間で物資は別の場所に移動させるつもりだ。
「このデータについては、俺の携帯端末にのみ存在させる。それでいいか? 」
「うん、それでいい。これで、刹那の最終チェックも終わりだ。お風呂入って三時間くらい仮眠しておいで。その間に、僕らのほうの準備も終わらせる。それから、航路の説明と成層圏を抜けてからのルートの説明をする。」
寝られなくても身体を休めておくことは重要だ。それは刹那も理解しているから、こくんと頷いてコクピットから出て行く。
「エクシア、刹那を頼むよ? 」
キラもエクシアに声をかけてコクピットから出る。無事にティエリアたちと合流させてね、と、念を押した。
出発時間は聞かなかった。明け方前の頃だろうと、ニールは予測している。本堂の前で、酒盛りに突入して花火をやったり騒いだりして、十時過ぎにお開きになった。沙・猪家夫夫も客間で泊ることになって、ドタバタと布団の準備をして、ようやく寝床に沈んだのは真夜中すぎの時間だ。とはいうものの、クスリを飲んでも眠気はこない。何度も寝返りをしてトダカを起こしてはまずいと起き上がる。本堂の前の階段に座り込んで、ぼんやりと空を見上げていた。いつもなら即効で眠れるはずのクスリも効果がないほど、何かしら興奮しているらしいと自嘲する。そこへ、トダカも酒瓶とコップを手にしてやってきた。寝ているとばかり思っていたのに、違ったらしい。
「三時ごろだと思うんだがね。」
「・・そうですか。」
「ここからじゃあ、見えないだろう。」
「そうでしょうね。」
トダカが持っているのはニールが虎から貰った寝酒の瓶だ。どうしても眠れないなら、これを飲め、と、言われていた。まだ、それほど使っていない。
それをトダカがコップに半分ほど注いで渡してくれる。まだ時刻は丑三つ時で刹那が出発する時間には間がある。
真夏の空は、綺麗に晴れていて月が煌々と輝いている。そのせいか星は少ない。日中ほどではないが、じっとりとした湿気が空気に含まれていて、汗が流れるような温度だ。ゴクッとニールが酒を一気に飲み干す。それを見て、トダカも酒を口に含む。虎が用意しただけあって、いい酒だった。アルコール度数は高いが刺激は少ない。
トダカは何も言わない。一緒に行けなくて悔しい気持ちは、どうすることもできない。待っている戦いが辛いのだが、嘆くわけにもいかないニールに、何かを諭すつもりはない。すでに、その戦いは始まっている。こればかりは、自分で折り合いをつけてもらうしかない。何も言わなくても、ニールも判っているだろう。その折り合いの部分で苦しむのは仕方がないことだ。
ふたりの間にある酒瓶を持ち上げて、ニールはもう一杯注ぐ。それは一気に飲まずに、舐めるように口にする。酔ってしまえば眠れるのだが、そんなふうに逃げるのもイヤだ。
「・・・・わかってますよ。・・・俺は、寺の仕事をして店の手伝いをして・・・秋になったら漢方薬治療を受けて・・・・そうやって待ってるつもりです。」
「そうだね。」
「・・・このほうが死ぬより辛い罰ですね、トダカさん。」
「世界から求められる贖罪なんかより重いからね。」
「トダカさんがおっしゃったことが、ようやくわかりつつあります。」
「くくくくく・・・そうだろ? 死ぬよりも生きて罰を受けるほうが重いんだ。死んで全てを終わらせるほうが楽だからね。」
以前、トダカに諭された言葉を実感する。死んで終わるよりも生きているほうが贖罪になると言う言葉を、ニールも理解する。死んだほうが、どんなにか楽だ。何も考えなくて終われる。生きている限り、心に針を刺されるような痛みが続くのだ。だが、刹那たちと約束をしたニールは死ぬことはできないし、おそらく、『吉祥富貴』のスタッフたちも死ぬことは許してくれないだろう。刹那が再始動に参加するために出発する。その時点で、ニールは痛いほど、トダカの諭した言葉を実感した。生きて待つのだと、刹那が手から離した時に、本当に実感したからだ。
「・・・・三蔵さんが半殺しで眠らせてくれるって言ったんですよ。」
「相変わらず、三蔵さんは、娘さんに甘いな。」
「トダカさんも甘やかしてると思いますがね。」
「そうかい? 本当にダメなら、娘さんの亭主はやってくれるだろうさ。私は阻止するけどね。」
生きて、刹那たちの生き様を見守ることが、ニールの受ける罰だ。眠っている間に終わらせるなんて、そんな楽なことはさせるつもりはない。刹那たちは生死の境を行き来する戦いをするのだ。それを見守るぐらいの強さは、ニールにあるはずだ、と、トダカは内心で信じている。逃げをうつなんてさせたくない。
「・・・ええ、阻止してください。俺だけ楽してたら、刹那たちに申し訳ない。」
「わかっているさ。私の可愛い娘さんは、それを乗り越えられると信じている。」
「・・・ありがとうございます。」
作品名:こらぼでほすと 約束11 作家名:篠義