囚われ
ギルベルトはその想いを口に出して、エリザベータに伝えようとした。
しかし。
「やめて」
そのまえにエリザベータが言った。
「聞きたくない」
堅い声だった。
そして、その内容はギルベルトの想いを拒絶するものだった。
ギルベルトは胸に衝撃を感じた。
暗くて深い闇の中へと突き落とされたような気分になる。
自分はふられたのだ。
なにも考えたくない。なにもしたくない。
けれども、そういうわけにはいかない。なにもしないではいられない。このままではいられない。
ふった相手に抱きしめられていたくないだろう、エリザベータは。
そう思って、ギルベルトは腕をおろした。
さらに、身を退いた。
エリザベータから離れる。
床にマフラーが落ちているのが眼に入ってきた。
いきなりギルベルトに抱きしめられて驚いたエリザベータが落としたのだろう。
それはエリザベータがギルベルトに渡そうとしたものである。
やわらかくて温かそうなマフラー。
だが、ギルベルトはそれを拾う気にはなれなかった。
「……勝手なことを言うが」
ギルベルトは視線を床のほうにやったままエリザベータに告げる。
「さっきのことは忘れてくれ」
さっき言ったこと、さっき抱きしめたことを、忘れてほしいと頼んだ。
エリザベータは黙っている。
反論しないのは了承したということだと受け止め、ギルベルトは踵を返した。
エリザベータに背を向け、玄関のほうへと歩く。
しかし。
「ギル!」
また、エリザベータに名を呼ばれた。
ギルベルトは立ち止まる。
振り返るべきかどうか、一瞬、迷った。そして、振り返らなかった。今は、できれば、そっとしておいてほしい。なぐさめはいらない。そう思い、ただ立ち止まった状態でいる。
「私は」
エリザベータの声が廊下に響く。
「私はどこにも行けないのよ……!」
その声は凜として、しかし、苦しげでもあった。
ギルベルトはハッとする。
思わず、振り返った。
エリザベータと眼が合う。
なにかを訴えるようにギルベルトを真っ直ぐに見ている瞳。
ギルベルトの頭に過去の光景が鮮明に浮かんできた。
名前が変わったばかりのころ。
偶然、エリザベータと会った。
エリザベータは木にもたれるように座っていた。
まだ男のような格好をして、男のような口調で喋っていた。
その姿はボロボロだった。
エリザベータは傷だらけだった。ギルベルトが驚くほど深い傷を負っていた。
そんな彼女に会い、だが、ギルベルトにできたのは自分の着ていた服を脱いで投げてやることだけだった。
その後、エリザベータはローデリヒの屋敷で使用人として働くことになった。
エリザベータはローデリヒを敬愛しているようだ。
しかし、使用人となったのは、そうするしかなかったからであり、望んでなったわけではなかった。
どこにも行けない。
それが今のエリザベータの境遇なのだ。