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【カイハク】死が二人を分かつまで

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ジェードは、簡素な部屋の中で、スーツケースに手早く荷物を纏めていた。
最低限の身の回りの物だけでいい。
研究内容は、自分の頭に入っている。この魔道具さえ手元にあれば。

「魔道具に魅入られる魔道士は、珍しくありません。貴方の心が弱かっただけです」

振り向けば、扉にもたれたカイトが微笑んでいる。
予想はしていたが、予想より早かった。

「ノックもしないとは。クリソプレーズは、人形の躾を間違えたようだな」
「クリスとお呼びしないのですか?」

ジェードはスーツケースを閉めると、

「魔道士に心を許すほど、愚かではない」
「貴方の奥様にも?」

カイトの言葉に、ジェードは、つと視線を宙に向ける。

「美しく聡明な女性だった。良き妻であり、良き母になったであろう・・・・・・魔道士でさえなければ」


あの時、彼女が忠告を聞き入れてくれさえいれば。
魔道士ではなく、一人の女性として生きてくれれば。


「貴方にとっては、好都合だったのでしょう?有能な魔道士でしたから」
「ふん・・・・・・物に人の心など分からぬか。私は、彼女を愛していた。心から、な」
「死が二人を分かつまで、ですか?」

カイトの言葉に、ジェードは唇をゆがめて笑うと、魔道具を手に取り、

「私は、彼女を妻に望んだ。彼女は、魔道士として生きることを選んだ。あの時、私の愛した女性は死んだのだ。後に残ったのは、抜け殻だけ」

魔道具に口づけし、ナイフを突きつけた。

「今ここで、封を解いたら、どうなるかな?」
「いい結果にならないことは、確かですね」

カイトは肩を竦めると、

「ご自分の研究が水泡に帰してもいいのなら、お好きにどうぞ。でも、そんなもったいないこと、出来ないでしょう?」
「どちらにしろ、研究は続けられないだろう」

ジェードは、魔道具へとナイフを振り降ろそうとするが、いつの間にか隣にいたカイトに、手を押さえられる。

「ああ、ごめんなさい。間違えました。出来ないのではなく、させないのでした」

間近で聞こえた声に、ジェードは心臓を冷たい手で撫でられたような気がして、身震いした。
その声は楽しげで、どこか歌うような調子で響く。

「僕は人形ですから、人間の貴方を傷つけることはしません。良かったですね」

ジェードがゆっくりと振り向けば、淡い瞳が微笑んでいた。


まるで、こちらを見つめ返す深淵のように。


「うあ・・・・・・あっ・・・・・・」

その時、ばたばたと足音が響き、ルビーが部屋の中に飛び込んでくる。

「見つけたわよ!いい加減に」
「たっ、助けてくれ!助けっ!」

カイトの手を振り解き、ルビーの足下に崩れ落ちるジェード。ルビーは、視線をジェードからカイトへ移し、

「あんた、何をしたの?」
「濡れ衣です」

そう言って、カイトは笑った。